滝沢泰平さんの元妻がどんな人だったのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は元妻は、滝沢さんと同じ年に大手旅行会社へ入った同期で、滝沢さんの退職に合わせて自分も仕事を辞め、東京までついてきた女性でした。
この記事では、同棲から結婚、長男の誕生、そして突然の離婚までを、滝沢さん本人が綴った言葉をもとに順番にたどっていきます。
・滝沢泰平の元妻がどこで出会ったどんな女性か
・同棲から2008年の結婚、長男誕生までの流れ
・離婚の時期と、その後の父子家庭・再婚の経緯
滝沢泰平の元妻はどんな人?出会いから離婚までの経緯
滝沢泰平さんの元妻は、新卒で入った旅行会社の同期だった一般女性です。ここからは、ふたりの出会いから同棲、結婚、そして離婚までを本人が綴った言葉をもとに順番に見ていきます。
元妻は大手旅行会社の同期だった一般女性
滝沢泰平さんの元妻について、まず押さえておきたいのは「どこで出会った人なのか」ですよね。
本人がブログの「生い立ちシリーズ」で振り返ったところによると、滝沢さんは大学卒業後の2005年4月に、某大手旅行代理店へ新卒で入社しています。
当時は東京採用でありながら、配属先は大阪でした。
そして、同じ大阪にいたのが、同期入社の仲間で付き合っていた女性です。
元妻は、滝沢さんと同じ年に同じ旅行会社へ入社した同期の女性だったということになります。
芸能人ではなく一般の方なので、名前や顔写真、年齢は公表されていません。
ちなみに、その年の内定者は60名前後だったそうです。
同期の多くが旅行や地理をテーマにした研修発表をするなか、滝沢さんだけは「右脳教育について」を熱く語り、人事から問題児扱いされていたと本人が明かしています。
そんな少し変わった新人だった滝沢さんと、同じ職場で過ごしていたのが元妻だったわけです。
つまり元妻は、社会人1年目の滝沢さんをいちばん近くで見ていた同期の女性でした。
元妻のプロフィール(判明している範囲)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 立場 | 一般女性(芸能活動なし) |
| 出会い | 新卒で入った大手旅行代理店の同期 |
| 当時の勤務地 | 大阪 |
| 名前・年齢 | 非公表 |
| 好きな人物 | 作家の本田健さんの大ファン(滝沢さん談) |
大阪から東京へ、24歳のクリスマスに始まった同棲
ふたりの関係が大きく動いたのは、滝沢さんが会社を辞めると決めたときでした。
入社から1年6か月ほどたったころ、滝沢さんは臨床心理士の資格を取るために仕事を辞め、大学院を目指す計画を立てます。
退職後は自分だけが東京へ行き、彼女は大阪に残る予定だったそうです。
ところがある日、彼女から突然「私も仕事を辞めて東京へ行く」と告げられます。
「えぇ!?一緒に来るの??」と驚いたと、滝沢さん本人が書いているんですよね。
嬉しい反面、どうやって食べさせていこうかと不安になり、フリーターになるつもりだった計画を変更。
退職まで1か月ちょっとしかないなかで大慌てで転職活動をして、東京のベンチャー企業への入社を決めました。
そこから東京での家探し、さらに相手の両親へ結婚を前提とした同棲のあいさつまで一気に進めます。
そして24歳のクリスマスに、大阪から東京へ引っ越して新生活が始まりました。
……仕事を辞めてまでついてきてくれた彼女のために、自分の予定をあっさり変えたところ、なんかいいですよね。
元妻の「一緒に行く」という決断が、滝沢さんを東京での会社員生活へ向かわせたきっかけでした。
2008年10月の結婚式と本田健のサイン
同棲からおよそ2年後、ふたりは結婚式を挙げています。
滝沢さんのブログによると、結婚式は2008年10月下旬でした。
その直前の10月12日、式の準備がまだ山ほど残っているなかで、滝沢さんは「1日だけ」と無理を言って品川のホテルで開かれたイベントに出かけています。
船井幸雄さんが主催するイベントで、憧れだった本田健さんの講演を聴くためでした。
講演後のサイン会で、滝沢さんは本田さんに「妻が大ファンなので、妻宛にメッセージを書いていただけますか?」とお願いしたそうです。
結婚式を目前に控えた時期に、元妻が好きな作家のサインを持ち帰ろうとしたエピソードですね。
のちに本田さんが自宅に遊びに来るほどの関係になるとは、このときは思ってもいなかったと振り返っています。
2008年の結婚当時は、元妻の好きなものを大事にする、ごく普通の新婚夫婦だったことが伝わります。
2010年に長男が誕生、名付けは七沢賢治
結婚から約2年後、ふたりの間には男の子が生まれています。
出産予定日が間近に迫っていたのは2010年11月下旬で、2011年3月11日の時点で生後3か月だったと滝沢さんが書いているので、2010年の年末ごろの誕生と考えられます。
面白いのは名付けのエピソードです。
妊娠中に七沢賢治さんのもとを初めて訪ねた際、お腹の中の息子からテレパシーでメッセージが入り、自分の漢字の名前を伝えてきたと滝沢さんは語っています。
そのため、息子の命名は七沢賢治さんなのだそうです。
また、子どもが生まれるタイミングで勤めていた会社に大きな動きがあり、滝沢さんは退職を選びました。
周囲からは「何も子どもが生まれるときに辞めなくても」という声も多かったといいます。
それでも滝沢さんは、守るべきものが増えるときこそ自分の生き方に嘘をつかず、納得した道を歩まないと、そのつけは家族に回ると考えたそうです。
元妻との間に生まれた長男の誕生が、滝沢さんの独立を後押しした形でした。
震災の日、初めての家族のお出かけ
2011年3月5日に起業し、里帰りを終えた息子と同居して1か月ほどたったころ、家族で初めて都心へ出かけたのが3月11日でした。
知人の整体院の開業祝いと、息子の顔見せのための外出だったそうです。
その日、滝沢さんは3か月の息子をベビーカーに乗せたまま帰宅困難者となり、渋谷の百貨店のベビー休憩室で一夜を過ごしています。
2〜3時間おきに泣く息子をあやしながら朝を迎えたという話は、読んでいて胸がぎゅっとなりました。
震災後は河口湖へ、そして八ヶ岳へ
東日本大震災をきっかけに、滝沢さん一家は東京での生活を引き上げています。
移った先は山梨県の河口湖で、情報発信と農業を両立させる、いわゆる半農半Xの暮らしを始めました。
2013年6月の時点でも、山梨県の富士河口湖町に住んでいたと本人が書いています。
その後、デザイナーのさとううさぶろうさんとの出会いをきっかけに、八ヶ岳への移住の縁が生まれたそうです。
東京→河口湖→八ヶ岳と住まいを移していく時期も、元妻と長男は一緒だったことになります。
震災から数年間は、元妻と息子と3人で山梨での新しい暮らしを築いていた時期でした。
2014〜2015年の突然の離婚と父子家庭
ところが、この結婚生活は長くは続きませんでした。
滝沢さんは2020年のメールマガジンで、2014年4月から2015年9月までの期間について「突然の離婚、さらに父子家庭生活」と振り返っています。
離婚したのは2014年4月〜2015年9月の間で、その後は滝沢さんが息子を育てる父子家庭になりました。
別のインタビューでは、当時について「息子の母親が出て行ってからも色々とあって」と語っています。
さらに「もう自分は、子供たちの成長のことだけ、そのために生きることしか考えてなくて」「もう一度、自分が結婚とか、とんでもない」という心境だったそうです。
これは、きつかったでしょうね…。
起業して数年、移住したばかりの土地で、幼い息子を男手ひとつで育てることになったわけですから。
元妻との離婚は2014〜2015年ごろで、親権は滝沢さん側に残り、父子家庭として再出発しています。
離婚後の元妻と息子の関係
離婚後、元妻と滝沢さん親子がどんな関係にあるのかも気になるところですよね。
滝沢さんは2021年のインタビューで、再婚に踏み切ったことについてこう話しています。
「振り返るとあのタイミングで一緒になると踏み切れたおかげで、子供たちも元パートナーも含めて良い形に落ち着けた」
元パートナーも含めて良い形に落ち着けたという言葉からは、離婚後も元妻と断絶したわけではないことがうかがえます。
長男については、2017年ごろに小学校へ入学したことをきっかけに、滝沢さんが自分の生い立ちを振り返るブログ連載を始めたことが分かっています。
元妻の現在の暮らしや再婚の有無については、一般の方ということもあり公表されていません。
元妻とは、子どもを通じてお互いに落ち着いた関係を築けたと滝沢さん自身が語っています。
滝沢泰平の元妻を調べる人向けの関連情報
滝沢泰平さんの元妻を調べている方は、再婚相手や離婚理由、家族のことも気になっているようです。ここでは関連して検索されている話題をまとめました。
再婚相手はヨガ講師の滝沢真弓
滝沢泰平さんの現在の妻は、滝沢真弓さんです。
真弓さんは埼玉県出身で、20代前半に体調を崩したことをきっかけに瞑想とヨガに出会い、東京でヨガインストラクターとして活動していました。
2015年に八ヶ岳へ移住しています。
現在は、滝沢さんが代表を務めるやつは株式会社の取締役として名前が載っています。
八ヶ岳のリトリートドームORでは、ヨガや瞑想を取り入れたリトリートを滝沢さんと一緒に開いていて、夫婦で活動する姿がたびたび紹介されています。
再婚相手の真弓さんは、ヨガ講師として八ヶ岳で夫と共に活動するパートナーです。
再婚相手との馴れ初めはうさぶろうのイベント
真弓さんとの出会いは、さとううさぶろうさんから声をかけられたイベントでした。
滝沢さんはスピーカーとして、真弓さんはたまたまボランティアの会場スタッフとして参加していたそうです。
滝沢さんは真弓さんを初めて見たとき「この人、知ってる」と感じ、真弓さんも周りがスローモーションになるような感覚があったと話しています。
ただ、出会った当時はお互いにパートナーがいたため、その後八ヶ岳の登山などで何度か会っても恋愛の関係にはならなかったといいます。
状況が変わったのは、滝沢さんが父子家庭になり、うさぶろうさんと訪れたシャスタで意識が変わったあとでした。
帰国後に真弓さんと会い、思わず「一緒になりませんか」と伝えたそうです。
出会いから2年ほどたち、そのときはどちらも離婚していたと紹介されています。
元妻との結婚中に出会った女性と、それぞれの離婚を経て結ばれたのが再婚の経緯です。
2016年にイスラエル・ガリラヤ湖で結婚式
滝沢さんと真弓さんの結婚式は、イスラエルのガリラヤ湖で挙げられました。
滝沢さんにとって2016年の3度目のイスラエル訪問のときのことです。
滝沢さん自身は、複雑な家庭を抱えていたので、一緒になるためには現実的に解決しなければいけないことやタイミングを見る必要があったと語っています。
そんななか、うさぶろうさんと一緒に訪れたイスラエルで奇跡が重なり、背中を押されて思いがけず挙式したそうです。
この結婚式も、妻との出会いのきっかけも、すべてうさぶろうさんだったと本人は書いています。
再婚の挙式は2016年、ガリラヤ湖でのサプライズに近い形でした。
離婚理由は公表されている?
Yahoo!では「滝沢泰平 離婚理由」も検索されていますが、離婚の具体的な理由は公表されていません。
滝沢さん本人は「突然の離婚」「息子の母親が出て行って」と書いていますが、なぜそうなったのかまでは明かしていません。
2015年ごろには、X(旧Twitter)で離婚について首をかしげる投稿も見られ、当時ブログ読者の間でも話題になっていたようです。
一方で、滝沢さんは再婚後のインタビューで元パートナーも含めて良い形に落ち着けたと話していて、元妻を悪く言うような発言は見当たりません。
離婚理由は本人が語っておらず、分かっているのは突然だったことと父子家庭になったことだけです。
滝沢泰平の家族と子供
滝沢泰平さんの家族構成を、分かっている範囲で整理しておきます。
| 家族 | 内容 |
|---|---|
| 本人 | 滝沢泰平さん(1982年仙台市生まれ) |
| 妻 | 滝沢真弓さん(2016年に結婚・ヨガ講師) |
| 長男 | 元妻との間に2010年の年末ごろ誕生 |
| 元妻 | 旅行会社の同期(2008年結婚、2014〜2015年ごろ離婚) |
インタビューでは「子供たち」と複数形で語る場面もありますが、長男以外の子どもの詳細は公表されていません。
はっきりしている子どもは元妻との間の長男で、離婚後は滝沢さんが育ててきました。
学歴と経歴は?滝沢泰平は何者か
滝沢泰平さんは、1982年に宮城県仙台市で生まれました。
大学卒業後の2005年に大手旅行代理店へ入社し、その後は東京のベンチャー企業で働いています。
2011年3月に起業し、現在はやつは株式会社・八ヶ岳ピースファーム株式会社の代表取締役、一般社団法人キブツ八ヶ岳の代表理事を務めています。
ブログ「天下泰平」の執筆者としても知られ、著書に『宇宙学校 アースリングコミュニティ』などがあります。
八ヶ岳の南麓で、エネルギーまで含めて自給自足できるコミュニティづくりに取り組んでいる人物です。
出身大学の名前は、本人のブログでも明かされていません。
元旅行会社員から、八ヶ岳で自給自足のコミュニティを運営する経営者になった人物です。
宗教との関係は?
「滝沢泰平 宗教」という検索も見られます。
滝沢さんはブログや講演でイスラエルや古代ユダヤ、イエス・キリスト、神社巡りといったスピリチュアルな話題をよく扱っているため、そこから気になる人が多いのだと思います。
ただ、本人のプロフィールに書かれている肩書きは会社の代表や一般社団法人の代表理事で、宗教団体の役職は公表されていません。
聖書についても、初めてイスラエルを訪れるまで一度も読んだことがなかったと本人が書いています。
スピリチュアルな発信が多いことが、宗教というワードで検索される理由と考えられます。
滝沢泰平の元妻のまとめ
- 滝沢泰平の元妻は、新卒で入った大手旅行代理店の同期だった一般女性
- 元妻の名前・年齢・顔写真は公表されていない
- 当時の配属先はともに大阪
- 滝沢が退職を決めると、元妻も仕事を辞めて東京へ行くと決断した
- 相手の両親に結婚前提の同棲をあいさつし、24歳のクリスマスに東京で同棲開始
- 結婚式は2008年10月下旬
- 元妻は作家の本田健の大ファンで、式の直前に滝沢がサインをもらってきた
- 2010年の年末ごろに長男が誕生し、名付けは七沢賢治
- 震災後は一家で河口湖へ移り、その後八ヶ岳へ移住した
- 2014年4月〜2015年9月の間に離婚し、父子家庭になった
- 離婚の具体的な理由は公表されていない
- 滝沢は再婚後「元パートナーも含めて良い形に落ち着けた」と語っている
- 再婚相手はヨガ講師の滝沢真弓で、やつは株式会社の取締役
- 真弓とはうさぶろうのイベントで出会い、2016年にガリラヤ湖で挙式
- 宗教団体の役職は公表されておらず、スピリチュアルな発信が検索の理由とみられる

