パトリスジュリアンの前妻はアルジェリアで再婚!当時のパートナー・トモコとの関係とは?

パトリスジュリアンの前妻はアルジェリアで再婚!当時のパートナー・トモコとの関係とは?

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パトリス・ジュリアンさんの前妻について、気になって調べた方も多いのではないでしょうか。

実は前妻の近況を明かしたのは、いまの奥さんであるユリさん本人で、しかも前妻さんとの出会いを「心の宝」と書いているんです。

この記事では、前妻の現在、2人の間の娘さん、そして前妻と言われやすいトモコさんとの本当の関係まで、当事者の言葉をもとに整理しました。

この記事を読むとわかること
・パトリスジュリアンの前妻の現在と、公表されていること
・前妻との間にいる娘と、後妻ユリとの関係
・当時のパートナー・トモコが前妻と言われる理由と食い違う点

パトリスジュリアンの前妻はどんな人?現在と娘の存在

パトリス・ジュリアンさんの前妻について、いまの奥さんであるユリさん本人が書き残した言葉をもとに整理しました。

前妻の現在、2人の間の娘さん、そして「前妻ではないか」と名前が挙がりやすいトモコさんとの関係まで、順番に見ていきますね。

前妻は現在アルジェリアで再婚している

パトリス・ジュリアンさんの前妻は、現在アルジェリアで再婚しているそうです。

これを明かしたのは、パトリスさんのいまの奥さんであるユリ・ジュリアンさんご本人です。

ユリさんは2014年9月17日、夫婦で運営していたブログ「@じゅりあん」に「義理の娘と私」という記事を書いています。

その中で、自分のことを「パトリスの後妻にあたります」と紹介し、別れた前妻さんがアルジェリアで再婚していることにさらっと触れているんですね。

後妻の立場から前妻の近況に触れるのって、なかなか勇気がいることだと思いませんか?

でもユリさんの書き方にはとげとげしさがまったくなくて、むしろ前妻さんとの出会いにも思い出があるような書きぶりでした。

ユリが「時効」と書いた前妻との出会い

同じ記事の中で、ユリさんは「前妻さんと私の出会いの話も実はあったりする」とも書いています。

長いあいだ心の宝物にしてきた話で、何年も前のことなのでもう書いてもいい、時効だと思っている、という一文も添えられていました。

後妻と前妻に「心の宝」と呼べるような出会いがあったなんて、ちょっと意外ですよね。

ただ、その出会いの中身はブログの中では明かされておらず、どこで、どんなふうに会ったのかは分かっていません。

前妻について当事者の側から語られているのは、「アルジェリアで再婚した」ことと「ユリさんとの間に大切な出会いがあった」ことの2点です。

前妻の名前や職業は公表されていない

パトリス・ジュリアンさんの前妻の名前・国籍・職業は、公表されていません。

パトリスさん本人のブログでも、ユリさんのブログでも、前妻さんは「前妻さん」「別れた前妻」という呼び方にとどまっていて、名前は出てきません。

一般の方である可能性が高いので、夫婦ともに配慮しているのかなと思います。

ちなみにパトリスさんは、本人のブログのプロフィールで「モロッコ生まれのフランス人」と紹介されています。

1952年6月16日生まれで、フランス大使館の文化担当官として来日し、のちに料理人・エッセイストとして活躍するようになりました。

前妻さんの再婚先がアルジェリアというのは、北アフリカ生まれのパトリスさんの経歴と重ねると、なんだか縁を感じる話ですよね。

とはいえ、前妻さんとパトリスさんがいつ・どこで結婚し、いつ別れたのかといった時期も公表されていません。

前妻について確かなのは「かつてパトリスさんと結婚していた女性がいて、その人はいまアルジェリアで再婚している」というところまでです。

前妻との間にはパリで暮らす娘がいる

パトリス・ジュリアンさんには、パリで暮らす娘さんがいます。

ユリさんはブログで、パトリスさんから「パリに娘がいる」と最初から聞かされていたと書いています。

ユリさんは自分を「後妻」と書いていますから、この娘さんはパトリスさんが前の結婚のときに授かったお子さんと考えるのが自然です。

さらにその娘さんにも娘がいて、ユリさんは「義理とはいえ孫のいる身分です」と明かしています。

天然パーマのくるくる巻き毛が、ユリさんの子ども時代にそっくりなんだそうですよ。

血はつながっていないのに「そっくり」と感じられるのって、それだけ近い距離で可愛がっている証拠ですよね……なんか、いいですよね。

娘さんの名前や年齢、職業は公表されていません。

パトリスさんは前妻との間の娘さんを通して、すでにおじいちゃんになっているということです。

当時のパートナー・トモコと作った会社

パトリス・ジュリアンさんの前妻を調べると、一緒に「トモコ」という名前がよく出てきます。

これはパトリスさん本人がブログで名前を出している女性で、1994年に一緒に会社を立ち上げた「当時のパートナー」です。

パトリスさんは2014年8月9日のブログ「夢の力」で、こう振り返っています。

1994年、当時パートナーだったトモコさんと作った会社は「レーヴ・ド・ヴィ・スタジオ」、日本語にすると「人生の夢スタジオ」という意味だった、と。

最初からただのビジネスではなく、ほかの人たちに刺激を与えられるお手本になりたかったとも書いていて、2人にとって特別な会社だったことが伝わってきます。

トモコこと宰務智子の経歴

このトモコさんは、パトリスさんの料理本などで翻訳者として名前が載っている宰務智子さんです。

宰務さんの公式プロフィールによると、経歴は次のとおりです。

項目 内容
会社 (株)レーヴ・ド・ヴィ スタジオ創業者
起業 26歳で個人創業、28歳で法人化
きっかけ フランス大使館文化担当官として来日していたフランス人との出会い
実績 料理・エッセイ本を20冊以上プロデュース、フランス料理本で40万部以上
白金台 30代初めに100坪を超える自社建物を取得し、一軒家フレンチカフェ&レストランを展開
その後 22年目に経営から離れ、現在は母方の故郷・宮崎が拠点

パトリスさんの本がたくさん世に出た裏には、宰務さんのプロデュースがあったということですね。

トモコさんは、パトリスさんが日本で料理人・エッセイストとして名を上げた時期を、仕事の面で支えたパートナーでした。

トモコが前妻と言われる理由と食い違う点

トモコさんこと宰務智子さんを「パトリス・ジュリアンさんの最初の奥さん」と紹介しているブログもあります。

ただ、パトリスさん本人も宰務さん本人も「パートナー」という言葉を使っていて、「妻」「結婚」とは書いていません。

なぜ前妻と結びつけられやすいのか、そしてどこが食い違っているのかを整理してみます。

前妻と言われやすい理由

まず、宰務さんのプロフィールには「フランス人パートナーとの関係清算後に、拡大した事業を仕切り直す」という一文があります。

また、宰務さんは2015年7月3日のブログで、フランス人の男女は離婚しても仲が良いという話の流れから、「フランス人である前パートナーと10数年距離を置いていました」と書いています。

同じ記事では、パトリスさんを「前パートナー」と呼び、パトリスさんの新刊と、パトリスさんの奥様ユリさんのお母様手作りの眼鏡ケースを贈られたことも明かしていました。

「関係清算」「前パートナー」という言葉が並ぶと、夫婦だったのでは?と受け取る人が出てくるのも無理はないかなと思います。

前妻の近況と合わない点

一方で、ユリさんが書いた前妻の近況とは、はっきり合わない部分があります。

比べる点 ユリさんが書いた前妻 宰務智子さん本人のプロフィール
現在の拠点 アルジェリアで再婚 母方の故郷・宮崎が拠点
呼ばれ方 前妻(後妻から見て) 前パートナー

一部のブログでは「最初の妻は再婚してモロッコで暮らしているらしい」とも書かれていますが、これはユリさんの「アルジェリア」とも、宰務さん本人の「宮崎」とも一致しません。

時系列と本人たちの言葉を突き合わせると、宰務さんは「会社を一緒に作ったパートナー」であり、ユリさんが「前妻」と書いた女性と同じ人物だとは言い切れない、というのが私の見立てです。

トモコさんを前妻と断定できる材料はなく、当事者の言葉どおり「当時のパートナー」と受け止めるのがいちばん正確です。

娘は父の再婚を望んでいなかった

前妻との間の娘さんは、もともと父親が再婚することを望んでいなかったそうです。

ユリさんはブログで、パトリスさんから「パリに娘がいること、そして父親が再婚することを望んでいないこと」を最初から聞いていたと書いています。

両親が別れたあと、父親に新しい奥さんができるのは、娘の立場からすると複雑ですよね。

ユリさん自身ももともと結婚願望がなく、パトリスさんとの結婚を考えていなかったので、最初はあまり気にしていなかったそうです。

それでも、いつか娘さんに会う日が来たら、パトリスさんの横に「おまけ」のように張り付いて挨拶するのだけは避けたいと考えていたと言います。

この「おまけにはなりたくない」という感覚、すごく分かる気がします。

再婚を望んでいなかった娘さんが、のちにユリさんを家族として受け入れるまでには、ユリさん自身が動いた出会いがありました。

パトリスジュリアンの前妻を調べる人向けの関連情報

ここからは、前妻と一緒に調べられることの多い、いまの奥さんユリさんや現在の暮らしについてまとめました。

現在の妻ユリのプロフィールと年齢

パトリス・ジュリアンさんの現在の妻は、ユリ・ジュリアンさんです。

ユリさんのブログのプロフィールや、夫婦で登場した週刊朝日の記事から分かる情報をまとめると、次のとおりです。

項目 内容
名前 ユリ・ジュリアン(Yuri Julien)
出身 東京都
誕生日 8月18日(獅子座)
仕事 エステティシャン・アロマセラピスト
南仏時代 南フランスでエステティックサロンを経営

パトリスさんは2014年8月18日のブログに「Happy Birthday Yuri!」と書いていて、誕生日を祝う様子がほほえましいです。

年齢については公表されていません。

ただ、2016年の週刊朝日の記事では、2人のことを「国籍も文化も、年齢も超越して互いを支え合う」と紹介していて、年の差のある夫婦であることがうかがえます。

ユリさん本人も「私たちは同世代のカップルと比べたら、一緒に過ごせる時間は短いかもしれない。だから、けんかしてる時間がもったいない」と話していました。

ユリさんは東京出身のエステティシャンで、年の差を前向きに受け止めてパトリスさんを支えている奥さんです。

ユリとの結婚は2005年ごろ

パトリス・ジュリアンさんとユリさんの結婚は、2005年ごろと考えられます。

2016年5月20日号の週刊朝日で、パトリスさんが「結婚して11年」と話しているからです。

そこから逆算すると、2005年前後に結婚したことになります。

2005年には、パトリスさんの著書として『半熟ラブラブ ヒーリングカップルのおいしい暮らし方』(PHP研究所)も出ていて、ちょうど結婚のころに夫婦の暮らしをテーマにした本が出ているのも面白いところです。

洗足池のほとりで挙げた結婚式

結婚式は、東京都大田区の洗足池のほとりにある小さなレストランで行われたと紹介されています。

新郎新婦がモーターボートで池を横切りながら投げキッスをする演出もあったそうで、手作りの温かい式だったようです。

……想像するだけで楽しそうですよね。

けんかは早く仲直りする夫婦

週刊朝日のインタビューでは、夫婦げんかの話も出ています。

パトリスさんはもともと怒りを引きずるタイプで、けんかすると数日口をきかないこともあったそうです。

でもユリさんから「それじゃもったいない、少しでも早く仲直りしたほうがいい」と言われて、変わっていったと話していました。

この考え方は、叱ったあと翌朝にはけろっとしていたユリさんのお母さんから受け継いだものなんだそうです。

南フランス暮らしのころ、ユリさんが朝からラーメンを食べてパトリスさんを困らせたという、ほっこりする話も語られていました。

2人は2005年ごろに結婚し、違いを楽しみながら長く連れ添っている夫婦です。

ユリと娘がパリで対面した日のこと

ユリさんと、前妻との間の娘さんの出会いは、ユリさんのほうから会いに行ったことで始まりました。

きっかけは、ユリさんがエステティシャンの研修でパリに行くことになったことです。

ユリさんはパトリスさんに娘さんの携帯番号を教えてほしいと頼み、パトリスさんは「彼女に会うの?」と聞きつつ、笑顔でメモを渡してくれたそうです。

パリのホテルから電話をかけて「今パリにいるから会いたい」と伝えると、娘さんも喜んで、すぐに待ち合わせの日と場所が決まりました。

父親の再婚を望んでいなかった娘さんが喜んで応じてくれたなんて、読んでいてこちらまでほっとしました。

サンラザール駅での待ち合わせ

約束の場所は、パリのサンラザール駅のすぐそばでした。

ところが、時間になっても娘さんは現れません。

15分ほど待ったころ「あの…、ユリですか?」と声をかけてきたのは、写真で見た娘さんとは似ても似つかない、見知らぬブロンドの女の子だったそうです。

ブログは「あなた、いったい誰…?」というところで「つづく」となっていて、ここから先のなれそめが続編で語られる形になっています。

ユリさんは、パトリスさんとのなれそめより先に「パトリスの娘とのなれそめ」を大切な思い出として語っているんですね。

家族は娘と孫、そして妻ユリ

パトリス・ジュリアンさんの家族をまとめると、妻のユリさん、前妻との間の娘さん、そしてその娘さんの子ども(孫)です。

続柄 分かっていること
妻 ユリ・ジュリアンさん(2005年ごろ結婚)
娘 前妻との間の子どもで、パリ在住
孫 娘さんの娘。巻き毛がユリさんの子ども時代にそっくり
前妻 アルジェリアで再婚

パトリスさんとユリさんの間に子どもがいるという情報は見当たりません。

パトリスさんのブログのリンク集には、南フランスで料理教室を開いている「妹のナタリーさん」のページも載っていて、フランスにも家族のつながりがあることが分かります。

前妻とは別れても、娘さんと孫を通してユリさんも含めた家族のつながりが続いているのが、パトリスさんの家族の形です。

白金台で開いた一軒家レストラン

パトリス・ジュリアンさんといえば、東京・白金台の一軒家レストラン「サントル・フランセ・デ・ザール」を思い浮かべる人も多いと思います。

一軒家でフレンチカフェやレストランを開くスタイルは当時まだ珍しく、ブームの火付け役になりました。

このほかにも、横浜クイーンズイーストの「ジャルダン・ド・ジュリアン」や、西麻布の「衆縁」などを手がけています。

1994年には鎌倉の昭和初期の日本家屋をリノベーションしてカフェを開き、テレビドラマの撮影にも使われたと紹介されています。

また、煮込み鍋の「ル・クルーゼ」やゲランドの塩を日本にいち早く紹介したのもパトリスさんです。

『フランス料理ABC』や『お鍋でフランス料理』など、1990年代から料理本やエッセイを数多く出しています。

白金台の一軒家レストランは、トモコさんと会社を立ち上げたあとの時期と重なる、パトリスさんの代表的な仕事です。

現在は京都・宮津でレストランを営む

パトリス・ジュリアンさんは現在、京都府宮津市でレストラン「メゾン・ジュリアン宮津」を営んでいます。

しばらく南フランスのベジエという町で暮らしていましたが、奥さんのユリさんと一緒に宮津市栗田へ移住し、2024年にレストランをオープンしました。

最寄り駅は京都丹後鉄道の栗田(くんだ)駅で、海が見える古民家を改装したお店です。

丹後の食材や地酒を取り入れた料理を出していて、日本での活動を再開した形になります。

2025年にお店を訪れた人のブログでは、「華やかなご夫妻」が登場したと書かれていて、夫婦そろってお客さんを迎えている様子が伝わってきます。

前妻と別れ、ユリさんと再婚したパトリスさんは、いま夫婦で京都・宮津の海辺に暮らしの拠点を置いています。

パトリスジュリアンの前妻のまとめ

  • パトリス・ジュリアンの前妻は現在アルジェリアで再婚していると、妻ユリが明かしている
  • 前妻の名前・国籍・職業は公表されていない
  • 妻ユリは自身を「パトリスの後妻」と書いている
  • ユリと前妻の間には「心の宝」と呼ぶ出会いがあったが、中身は明かされていない
  • 前妻との間にはパリで暮らす娘がいる
  • 娘にも娘がいて、パトリスはすでに祖父になっている
  • 1994年に当時のパートナー・トモコ(宰務智子)とレーヴ・ド・ヴィ・スタジオを設立
  • トモコは本人もパトリスも「パートナー」と呼び、妻とは書いていない
  • トモコを前妻とする説があるが、前妻の近況(アルジェリア)とは合わない
  • 前妻がモロッコで再婚したという説もあるが、当事者の記述とは一致しない
  • 娘はもともと父親の再婚を望んでいなかった
  • ユリは研修で訪れたパリで自ら娘に会いに行った
  • 現在の妻ユリは東京出身のエステティシャンで、結婚は2005年ごろ
  • 白金台の一軒家レストランなどで一世を風靡した
  • 現在は夫婦で京都・宮津に移住し、メゾン・ジュリアン宮津を営む

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