評論家・文筆家として、テレビやラジオでおなじみの古谷経衡さん。
ネットで名前を検索すると「離婚」という言葉が並んでいて、気になった方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと離婚は事実で、しかも公表したのは週刊誌でも事務所でもなく、古谷さん本人でした。
そして離婚から3年が経った日に投稿された「ある決意」が、読んでいてちょっとじんわりくるんです。
・古谷経衡さんの離婚がいつで、どこで公表されたのか
・元妻や子供について本人が明かしている範囲
・離婚後の暮らしと、3年目に迎えた新しい家族
古谷経衡の離婚は2022年12月と本人が公表
まずは一番知りたいところ、離婚の時期と公表のいきさつからいきましょう。
ここは推測ではなく、古谷さん本人が書いた言葉がそのまま残っています。
離婚を公表したのは本人のX投稿
古谷経衡さんが離婚したのは2022年12月です。
この時期を明言しているのは、古谷さん本人のX(旧Twitter)アカウント「@aniotahosyu」の投稿です。
投稿されたのは2026年3月4日の夜で、そこにはこう書かれていました。
「いろいろなメディアの中では言ってきたのですけど、私は2022年12月に離婚いたしまして、その後、うちの子たち(チャン太♂、ピッピ♂、クー太♂)と生活して参りましたが、離婚から丸3年という区切りでもあり、新たな猫を迎える決意を致しました」
ここで面白いのが、冒頭の「いろいろなメディアの中では言ってきたのですけど」という一言なんですよね。
つまり離婚そのものは、ラジオや動画番組といった場ですでに何度か話していた、ということになります。
週刊誌にすっぱ抜かれたわけでも、事務所が発表したわけでもなく、本人が自分の言葉で語ってきた離婚だったわけです。
Wikipediaには結婚・離婚の記述がない
ちなみに、古谷経衡さんのWikipediaのページを開いても、結婚や配偶者に関する項目は見当たりません。
経歴や著書、パニック障害の発症についてはかなり細かく書かれているのに、家庭のことだけがすっぽり抜けているんです。
「離婚」で検索してもはっきりした情報にたどり着きにくいのは、このあたりが理由かなと思います。
「離婚から丸3年」の区切りに綴った決意
先ほどの投稿、実は離婚の報告そのものが目的ではありませんでした。
本題は「新たな猫を迎える決意を致しました」という部分です。
離婚から丸3年という節目に、それまで一緒に暮らしてきた3匹に加えて、もう1匹を家族に迎えると宣言した投稿だったんですね。
文末は「今後ともうちの子たちを何卒よろしくお願いいたします」と結ばれています。
猫のことを「うちの子たち」と呼んでいるあたり、家族としての距離感が伝わってきます。
……なんか、いいですよね。
この投稿には4万回近い再生と1000件近い反響が集まり、リプライ欄には「かわいい〜」「名前は何ですか?」といった声が並びました。
離婚を過去の出来事として区切り、次の家族を迎える宣言として書かれた投稿だったと言えそうです。
元妻について公表されている情報
気になるのは「相手はどんな人だったのか」というところですよね。
ただ、ここは正直にお伝えしておきます。
元妻の名前や職業について、古谷さん本人や大手メディアが公表している情報は見当たりません。
ネット上のまとめ記事には氏名や生年月日、出身校まで書かれているものもありますが、根拠として挙げられているのは個人ブログや、すでに削除された投稿ばかりでした。
作家である鈴木光司さんの娘だという説も出回っていますが、これも一次情報にはたどり着けません。
ここは断定せず、「そういう情報が流れているが確認できない」という状態のまま置いておくのが正確かなと思います。
結婚時期についても確定情報はない
結婚については「2015年10月」とする記述が複数のまとめサイトに見られます。
ただし、こちらも出典として示されているブログ記事が現在は削除されていて、確認ができません。
一般の方が相手である以上、公表されていないのはむしろ自然なことですよね。
子供は2人と本人が投稿していた
一方で、お子さんについては本人の言葉が残っています。
離婚の半年ほど前にあたる2022年6月9日、古谷さんはXにこう投稿していました。
「私の妻は、私と結婚して2子を育ててくれました。(中略)妻の世界観を否定してはならない。味方を期待せず独りで戦うべきでした。妻の人生を私は今後も応援します」
この投稿から、お子さんが2人いることは本人が公にしていると分かります。
ネット上には「子供は1人」と書いている記事もあるのですが、それらは本人の発言ではなく、伝聞をまとめたもののようです。
本人が自分で書いた「2子」という言葉のほうを、事実として押さえておくのがよさそうです。
なお、お子さんの名前や年齢、離婚後どちらが育てているかについては公表されていません。
離婚理由を語った本人発言は見当たらない
離婚と聞くと、やっぱり理由が気になりますよね。
ただ、ここについては古谷さん本人が理由を語った発言も、経緯を報じた記事も確認できませんでした。
唯一、夫婦観に触れているのが先ほどの2022年6月の投稿です。
「なぜ重大局面で私に味方になる気配すらしないのか」「人が血を流して創った創作物に対し無神経すぎる」と、当時感じていたことが率直に書かれています。
ただ同じ投稿の中で「妻の世界観を否定してはならない」「妻の人生を私は今後も応援します」とも書いているんですよね。
言い争いを公開したというより、自分の側の反省として綴られている印象を受けます。
この投稿の半年後に離婚しているため、ここを離婚理由と結びつけて紹介しているサイトもあります。
ただ、本人が「これが理由だ」と言ったわけではありません。
時期が近いというだけで因果関係を決めつけてしまうのは、さすがに乱暴かなと思います。
離婚後の暮らしは猫3匹との生活
離婚後の古谷さんの暮らしぶりは、本人の投稿からかなりはっきり見えてきます。
一緒に暮らしてきたのはチャン太・ピッピ・クー太という3匹のオス猫です。
Xのプロフィールにも猫との生活が記されていて、日常的に写真や近況が投稿されています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2022年6月 | 妻と子供2人について本人がX投稿 |
| 2022年7月 | 令和政治社会問題研究所を設立 |
| 2022年12月 | 離婚(本人が後にXで公表) |
| 2023年4月 | FLASHが「25万円別宅」での2拠点生活を紹介 |
| 2023年7月 | 文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」レギュラー開始 |
| 2026年3月 | 離婚から丸3年、新たな猫を迎えると投稿 |
こうして並べてみると、離婚の前後で仕事はむしろ広がっているのが分かりますよね。
離婚の4か月後には、写真週刊誌FLASHが月25万円の別宅での2拠点生活を紹介する記事を出しています。
「捨ててもいい」「来なくなっても心が痛まない」と語る、身軽さを優先した暮らし方だったようです。
離婚後は仕事を広げながら、猫たちと身軽に暮らしてきた3年だったと言えそうです。
古谷経衡の離婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、離婚と一緒によく検索されているテーマをまとめて見ていきます。
そもそも何者なのか、名前や国籍の話、そして家庭の宗教についてなど、気になるところを順に押さえていきましょう。
何者?評論家・文筆家としての経歴
古谷経衡(ふるや つねひら)さんは1982年11月10日生まれ、北海道札幌市出身の時事問題評論家・文筆家です。
北海道札幌手稲高校を2001年に卒業し、立命館大学文学部史学科(日本史学専攻)へ進学しています。
ただ大学時代は順風満帆とはいかず、3回留年して7年かけて卒業したという経歴の持ち主です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1982年11月10日 |
| 出身地 | 北海道札幌市 |
| 居住地 | 千葉県松戸市 |
| 学歴 | 立命館大学文学部史学科(日本史学)卒 |
| 肩書 | 時事問題評論家・文筆家 |
| 主な役職 | 令和政治社会問題研究所所長 |
2022年7月に一般社団法人令和政治社会問題研究所を立ち上げ、同年12月に法人認可を受けています。
離婚とほぼ同じ時期に、自分の研究所が正式に動き出していたことになりますね。
2023年7月からは文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の月曜レギュラーコメンテーターを務めています。
著書も多く、『毒親と絶縁する』『シニア右翼』『参政党と神谷宗幣』などを発表してきました。
本名と経衡という名前をめぐる話
「経衡」という名前、正直かなり珍しいですよね。
ネット上には、この名前はもともとペンネームで、両親と絶縁したあとに家庭裁判所の許可を得て本名にした、という説明が出回っています。
ただ、これを確認できる公式な発表や大手メディアの記事は見つかりませんでした。
改名にまつわる話はネット上の情報にとどまり、裏付けは取れていません。
ただし、両親と法的な手続きを取ろうとしていたこと自体は本人が語っており、「親と絶縁する公正証書を作る」と発言した内容がまとめられています。
国籍は日本と記載
評論活動の内容もあってか、国籍について検索する人も多いようです。
結論としては国籍は日本で、Wikipediaの人物欄にもそう記載されています。
出身は北海道札幌市で、文春オンラインなど各媒体の著者プロフィールでも日本の評論家として紹介されています。
帰化や外国籍を示す情報は、公的なプロフィールにも報道にも見当たりません。
母が信仰した宗教と宗教二世の告白
家庭の話でいうと、離婚よりもむしろこちらのほうが本人が多くを語っています。
古谷さんは2023年12月、ニューズウィーク日本版に「そういえば私は宗教二世だった」という一文を寄せました。
そこで明かされているのは、母親が新宗教の熱心な信者だったという生い立ちです。
団体名は伏せられていますが、日蓮宗を母体とする法華系の新宗教で、明治後期に創設されたものだと説明されています。
そして古谷さんと妹は、毎日3回の題目の唱和を義務づけられていたそうです。
札幌市の支部へ何度も連れて行かれた経験を、本人は「まるで強制連行であった」と表現しています。
……これはきつかったでしょうね。
両親との関係については、高校1年でパニック障害を発症した際、精神障害への偏見から保険証を使わせてもらえなかったことも語られています。
「古谷家の家名に傷がつく」という理由だったといい、著書『毒親と絶縁する』にはその経緯がまとめられています。
統一教会との関係は確認できず
関連ワードに「統一教会」が出てくるので、驚いた方もいるかもしれません。
ただ調べてみると、古谷さん本人や家族が旧統一教会と関係していたことを示す情報は確認できませんでした。
先ほどの通り、母親が信仰していたのは法華系の新宗教だと本人が説明しています。
このワードが並ぶのは、古谷さんが評論家として旧統一教会をめぐる問題を論じてきた側だからだと考えられます。
検索結果の並びだけを見て人物像を判断すると、こういうところで誤解が生まれるので注意したいところです。
ひろゆきとの激論と世間の評判
古谷経衡さんといえば、ひろゆきさんとの論戦を思い浮かべる人も多いですよね。
テレビ番組で「ネトウヨはなぜ生まれるのか」といったテーマで激論を交わした場面は、切り抜き動画としていまも拡散されています。
X上でも、ひろゆきさんの発言に対して真正面から批判を書き込むことがあり、そのやり取りがたびたび話題になってきました。
評価が分かれる論客なのは間違いなく、ネット上には賛否どちらの声もあります。
ただ、自身のパニック障害や毒親との関係、宗教二世としての生い立ちまで書いてきた人でもあります。
私生活の苦しさも含めて書き続けてきたからこそ、離婚も自分の言葉で語れたのかなと感じます。
古谷経衡の離婚のまとめ
- 古谷経衡の離婚は2022年12月
- 公表したのは本人のX投稿である
- 投稿日は2026年3月4日で、離婚から丸3年の区切りだった
- 「いろいろなメディアの中では言ってきた」と本人が記している
- Wikipediaには結婚・離婚の記述がない
- 離婚後はチャン太・ピッピ・クー太の3匹の猫と暮らしてきた
- 3年の節目に新たな猫を迎えると宣言した
- 元妻の氏名や職業について公表された情報はない
- 鈴木光司の娘という説はあるが一次情報では確認できない
- 子供は2人と本人が2022年6月の投稿で明かしている
- 離婚理由を語った本人発言や報道は見当たらない
- 離婚の4か月後にFLASHが2拠点生活を紹介している
- 2023年7月から文化放送のラジオでレギュラーを務める
- 母は法華系の新宗教の信者で、本人は宗教二世だったと明かしている
- 本人や家族と旧統一教会の関係を示す情報は確認できない

