山田修義の嫁は大阪出身!引退セレモニーで家族に伝えた感謝の言葉とは

山田修義の嫁は大阪出身!引退セレモニーで家族に伝えた感謝の言葉とは

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オリックス一筋17年、2026年9月に現役を引退した山田修義さん。

そんな山田さんの奥さんがどんな人なのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。

実は奥さんは大阪出身で、山田さんの好物を作るためにお義母さんにレシピを聞いたという、心温まるエピソードがあるんです。

この記事を読むとわかること
・山田修義の嫁の出身と、分かっている人物像
・結婚した時期の手がかりと3人の子供
・引退セレモニーで家族に伝えた感謝の言葉

山田修義の嫁は大阪出身の料理上手な女性

山田修義さんは結婚していて、奥さんは大阪出身の女性です。名前や顔は出ていませんが、本人の言葉や報道から、どんな形で山田さんを支えてきたのかは見えてきます。

嫁は大阪出身で名前や年齢は公表されていない

山田修義さんの奥さんは、大阪出身の女性です。

これは2016年7月、山田さんがプロ初勝利を挙げた翌日の日刊スポーツの記事で紹介されたものです。

一方で、奥さんの名前・年齢・職業・顔写真は、2026年10月時点でどの報道にも出ていません。

芸能活動やメディア出演の記録も見当たらないので、一般の方とみられます。

プロ野球選手の奥さんは、元アナウンサーやタレントでもない限り、名前を出さないことがほとんどなんですよね。

山田さんも、自分のインスタグラム(@yamada_nobuyoshi_57)に家族旅行の様子を載せることはあっても、奥さんのプロフィールは明かしていません。

項目 分かっていること(2026年10月時点)
出身 大阪
名前・年齢 報道なし
職業 報道なし(芸能活動の記録なし)
得意なこと 料理(本人談)
子供 3人(長女・長男・次男)

つまり、奥さんについて確かめられているのは「大阪出身」「料理が上手」という2点で、あとは家族を守るために表に出していない、というのが実際のところです。

嫁の得意料理は福井名物のソースカツ丼

奥さんについて、山田さん本人が語っている数少ないエピソードが料理の話です。

2016年のインタビューで、山田さんは奥さんのことをこう話しています。

「料理がうまい。いい嫁さんです。僕の好きなソースカツ丼も出してくれますよ」

ソースカツ丼は、山田さんの地元・福井の名物ですね。

大阪出身の奥さんにとっては、なじみのない料理だったはずです。

そこで奥さんは、山田さんのお母さんにレシピを聞いて、実家の味を再現したと報じられています。

……なんか、いいですよね。

夫の好物を作るために、わざわざお義母さんに作り方を聞きにいくところに、奥さんの人柄が出ている気がします。

記事の見出しが「ソースカツ丼パワー」だったように、この一皿が山田さんの力の源になっていたようです。

奥さんは、遠く離れた福井の家庭の味を、山田家の食卓に持ってきてくれた人なんですね。

結婚したのは2015年より前

山田修義さんが結婚した日付や、結婚の発表は見つかりませんでした。

ただ、時期の手がかりはあります。

2016年7月の日刊スポーツの記事では、すでに「妻」が登場していて、2015年11月20日に第2子となる長男が生まれたと書かれています。

さらに2021年6月の週刊ベースボールでは、子供は「7歳の長女、5歳の長男、4歳の次男」と紹介されていました。

ここから逆算すると、長女は2014年前後の生まれになります。

時期 出来事
2009年10月 ドラフト3位でオリックスから指名
2014年前後 長女が誕生(2021年6月に7歳)
2014年4月 左肘のトミー・ジョン手術
2014年オフ 育成契約に(背番号121)
2015年7月 支配下に復帰
2015年11月20日 第2子の長男が誕生
2017年ごろ 次男が誕生(2018年8月に1歳)

長女の生まれ年から考えると、結婚は2013〜2014年ごろ、山田さんが22歳前後のときだったのではないか、と推測できます。

はっきりした日付は出ていませんが、高卒でプロ入りして数年のうちに家庭を持ったのは確かです。

馴れ初めについても、本人が語った記事は見つかりませんでした。

嫁が支えた育成契約からの再出発

山田さんの野球人生で、いちばんつらかった時期を支えたのが奥さんです。

2014年4月、山田さんは左肘のトミー・ジョン手術を受けました。

手術のあと、ギプスを外しても肘の曲げ伸ばしができず、「これって治るんだろうか」と不安になったそうです。

その年のオフには支配下登録を外れ、背番号121の育成選手として出直すことになりました。

正直、想像するだけで胸が締め付けられます。

ちょうど子供が生まれたばかりの時期で、家族の生活もかかっていたはずです。

そんなとき、日刊スポーツの記事によると「いつも妻がそっと励ましてくれた」といいます。

山田さんは2015年7月に支配下へ戻り、2016年7月27日のロッテ戦で、入団7年目にしてプロ初勝利を挙げました。

そのときの言葉が「家族の支えが大きかった。(記念の)ボールは家に飾ります」です。

育成からはい上がった山田さんの初勝利は、奥さんと一緒につかんだ1勝だったと言えそうです。

月間18登板の記録を家族がスタンドで見届けた

2018年8月、山田さんは1か月で18試合に登板し、プロ野球の月間最多登板記録に並びました。

前の年のオフには戦力外の候補に挙がっていたので、まさに崖っぷちからの大仕事です。

この夏について、山田さんは家族のことをこう振り返っています(BASEBALL KING・2018年9月)。

「ホント家族が支えになってくれました。特に何を言ってくれるとかはないんですけど、その気遣いが嬉しかった」

何かを言うのではなく、そっと気を遣う。

2016年の「そっと励ましてくれた」という話と重なりますよね。

記録を達成した8月31日の試合は家族が球場で見ていて、3人の子どもたちがテレビにも映ったそうです。

「まだ下の子は2歳と1歳なんでわかってないと思うんですよ。でも大きくなったら、パパはこんな記録作ったんだよって映像を見せられるじゃないですか」

言葉で励ますより、黙ってそばにいるタイプの奥さんなのかなと感じさせるエピソードです。

引退セレモニーで家族に伝えた感謝の言葉

2026年9月24日、オリックスは山田さんが今季限りで現役を引退すると発表しました。

9月26日、京セラドーム大阪での日本ハム戦の9回に最後のマウンドへ上がり、通算329試合目を全球ストレートで締めくくりました。

試合後の引退セレモニーでは、約3分のスピーチで、両親とは別に「家族へ」と呼びかけています。

「野球中心の生活でたくさん我慢させたと思うし、たくさん心配もかけたと思います。それでも文句も言わず、一番近くで支えてくれました。僕が野球に集中できたのは家族のおかげです。本当にありがとう」

……じんわりしますよね。

スピーチの中で奥さんの名前は出していませんが、「一番近くで支えてくれた」という言葉に、17年分の感謝が込められているように感じます。

育成落ちも、戦力外候補も、連投の夏も、ずっと隣で見てきたのが奥さんだったわけですから。

オリックス一筋17年の締めくくりに、山田さんは家族への感謝をはっきり言葉にしました。

夫婦の間に生まれた子供は3人

山田さん夫婦には、3人の子供がいます。

子供 分かっていること
長女 2021年6月時点で7歳
長男 2015年11月20日生まれ(第2子)
次男 2021年6月時点で4歳

2021年の週刊ベースボールは、背番号57を「山田家のヒーロー」と紹介していました。

2016年には、2人の子供の写真を携帯の待ち受けにしていたことも報じられています。

2025年12月には、本人のインスタグラムで「2025年家族旅行 in沖縄」と報告していて、滞在中は何度もブルーシールアイスを食べたそうです。

シーズン中は野球中心だった分、オフは家族との時間を大事にしてきたことが伝わってきます。

5人家族の山田家は、引退後も変わらず仲のいい家族でいてくれそうです。

山田修義の嫁を調べる人向けの関連情報

ここからは、山田修義さんの奥さんについて調べている人がよく一緒に検索している、引退や年齢、出身などの情報をまとめます。

引退までのオリックスでの17年

山田さんは2009年のドラフト3位でオリックスに入団し、一度も移籍せずに17年間プレーしました。

年 主な出来事
2010年 9月5日のソフトバンク戦でプロ初登板・初先発
2014年 左肘のトミー・ジョン手術、オフに育成契約
2015年 7月に支配下へ復帰
2016年 7月27日のロッテ戦でプロ初勝利
2018年 8月に月間18試合登板(最多タイ記録)
2021年 43試合に登板、チーム25年ぶりのリーグ優勝に貢献
2023年 32試合で防御率1.15、リーグ3連覇に貢献
2024年 自己最多の50試合に登板、防御率2.08
2026年 9月24日に引退を発表、26日に引退セレモニー

先発で結果が出ず、2018年途中からリリーフに回ったことで道が開けました。

2025年シーズン終了時点の通算成績は、314試合で14勝24敗76ホールドです。

引退後の進路は、2026年10月10日時点で発表されていません。

エリートではなく、手術と育成落ちを乗り越えて長く投げ続けた17年でした。

年齢は35歳

山田さんは1991年9月19日生まれで、2026年10月時点で35歳です。

引退を発表したのは35歳になった直後でした。

同学年には、引退セレモニーで花束を渡した杉本裕太郎さんがいます。

35歳での引退は、リリーフ投手としては長く第一線にいたほうだと言えます。

出身は福井県福井市

山田さんは福井県福井市の出身です。

中学時代はヤングリーグの「オールスター福井」でプレーしていました。

奥さんが作るソースカツ丼が福井名物なのも、この地元とのつながりがあるからですね。

引退セレモニーは地元の福井新聞でも取り上げられ、「本当に幸せな野球人生でした」という言葉が見出しになりました。

ちなみに、「長嶋茂雄コレクター」として知られる山田勝三さんは、山田さんの大叔父(祖父の弟)にあたります。

福井で育ち、大阪出身の奥さんと家庭を築いて、オリックス一筋で投げ抜いた、という歩みです。

高校は敦賀気比で甲子園に2度出場

高校は福井の敦賀気比高校です。

2年春のセンバツと3年夏の甲子園に出場しましたが、どちらも初戦で敗れました。

3年夏の福井大会では4試合すべてを完投し、通算49奪三振の大会新記録を作っています。

それまでの記録を持っていたのは、同じ敦賀気比の先輩で巨人などで活躍した内海哲也さんで、入団当時は「内海2世」と呼ばれていました。

2学年下には吉田正尚さん、3学年下にはのちにオリックスでチームメートになる西川龍馬さんがいます。

敦賀気比のエースとして注目され、高卒でプロの世界に飛び込んだ投手でした。

山田修義の嫁のまとめ

  • 山田修義は結婚しており、嫁は大阪出身の女性
  • 嫁の名前・年齢・職業・顔写真は2026年10月時点で報道されていない
  • 芸能活動の記録はなく、一般の方とみられる
  • 本人いわく嫁は「料理がうまい。いい嫁さん」
  • 嫁は山田の母にレシピを聞き、福井名物のソースカツ丼を再現した
  • 結婚した日付や発表は見つからない
  • 2015年11月20日に第2子の長男が生まれており、結婚はそれより前
  • 長女の年齢から、結婚は2013〜2014年ごろと推測できる
  • 2014年のトミー・ジョン手術と育成契約の時期、嫁がそっと励まし続けた
  • 2016年7月27日のプロ初勝利のボールは家に飾ると語った
  • 2018年8月の月間18登板の記録を家族が球場で見届けた
  • 2026年9月26日の引退セレモニーで「一番近くで支えてくれた」と家族に感謝
  • 子供は長女・長男・次男の3人
  • 2025年12月に沖縄への家族旅行をインスタグラムで報告
  • 引退後の進路は2026年10月10日時点で未発表

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