「きみの朝」で知られる岸田智史さんの妻がどんな人なのか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
奥様は一般の方で名前も公表されていませんが、実は大竹しのぶさんが40年前に食べた奥様の手料理を今も覚えていたんです。
この記事では、奥様の人柄がうかがえる証言や結婚時期の手がかり、交通事故から復帰するまでの家族の歩みをまとめました。
・岸田智史の妻は一般人で名前は非公表であること
・大竹しのぶが明かした妻の手料理と人柄
・結婚時期の手がかりと、事故からの復帰を支えた家族
岸田智史の妻はどんな人?一般人の奥様の素顔
「きみの朝」の岸田智史さんの奥様は、表に出ない一般の方です。
数少ない証言と家族の歩みから、奥様の人柄と夫婦の姿をたどっていきます。
妻は芸能界と無縁の一般人で名前は非公表
まず結論からいきますね。
岸田智史さんの妻は芸能活動をしていない一般の方で、名前や年齢は公表されていません。
Wikipediaには、父が書家の稲田東川さん、息子がパーカッション奏者の稲田しんたろうさん、娘がミュージカル女優の稲田みづ紀さんと、家族の名前がずらりと並んでいます。
ところが、その中に奥様の名前だけは出てきません。
スポニチの記事や、2026年8月の週刊FLASHのインタビューでも、奥様の名前や職業には触れられていないんです。
ちなみに岸田智史さんは、現在は同じ読みの岸田敏志という表記で活動しています。
本名は稲田英彦さんなので、奥様の姓も稲田ということになりますね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 夫 | 岸田敏志(旧芸名:岸田智史)、本名は稲田英彦 |
| 夫の生年月日 | 1953年4月18日 |
| 妻 | 一般の方(名前・年齢・職業は非公表) |
| 子供 | 長男・稲田しんたろう、長女・稲田みづ紀 |
家族のうち子供2人と娘婿は芸能の仕事をしていて名前も出ていますが、奥様だけは一貫して表に出ていません。
家族ぐるみで音楽や舞台の仕事をしている中で、奥様だけが一般人として家庭を守ってきたという構図です。
「どんな人なのか知りたいのに……」と思った方も多いかもしれません。
ただ、奥様の人柄を伝える証言がまったくないわけではないんです。
次の見出しで、その貴重な証言を紹介します。
大竹しのぶが明かした妻の手料理と人柄
奥様の素顔がうかがえる、ほぼ唯一といっていい証言があります。
それが、女優の大竹しのぶさんが2024年11月9日にInstagramに書いた投稿です。
大竹しのぶさんは当時、東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで舞台「太鼓たたいて笛ふいて」に出演していました。
その共演者の福井晶一さんが、実は岸田智史さんの娘・稲田みづ紀さんの夫だったんです。
その縁で、岸田智史さんが奥様と一緒に大竹しのぶさんの前に現れました。
40年ぶりの再会で思い出した「ほうれん草のサラダ」
大竹しのぶさんと岸田智史さんは、大竹しのぶさんが20代のころにラジオの仕事で一緒に海外へ行った間柄でした。
会うのはおよそ40年ぶりだったそうです。
大竹しのぶさんは、昔一度だけ岸田智史さんの家に遊びに行ったことを振り返っています。
そのとき奥様が作ってくれたほうれん草のサラダがおいしかったことを、40年たった今も覚えていたんです。
さらに、生まれたばかりだった長男を抱っこして泣かせてしまったことも思い出したそうです。
40年前の一皿を覚えているって、すごいことですよね。
それだけ、家に招いてくれたときのもてなしが心に残っていたんだと思います。
「可愛らしくて、楽しい方」という奥様の人柄
再会した奥様について、大竹しのぶさんは「可愛らしくて、楽しい方」と書いています。
岸田智史さんの話し方も昔と変わらず優しかったそうで、まるでタイムスリップしたようだったと振り返っていました。
……なんか、いいですよね。
名前こそ出ていませんが、奥様は来客を手料理でもてなし、40年たっても「可愛らしい」と言われる、明るくて温かい人柄だと分かります。
結婚時期は長男の誕生から見て1980年前後か
岸田智史さんがいつ結婚したのかは、公表されていません。
ただ、手がかりはあります。
2013年9月のスポニチの記事では、長男の稲田しんたろうさんが33歳、長女の稲田みづ紀さんが31歳と紹介されていました。
ここから逆算すると、長男は1980年前後の生まれということになります。
| 出来事 | 時期 |
|---|---|
| 「蒼い旅」で歌手デビュー | 1976年 |
| 「きみの朝」が大ヒット | 1979年 |
| 「1年B組新八先生」に主演 | 1980年 |
| 長男・稲田しんたろうさん誕生 | 1980年前後(2013年9月時点で33歳) |
| 長女・稲田みづ紀さん誕生 | 1982年前後(2013年9月時点で31歳) |
長男が生まれた時期から考えると、結婚したのは遅くとも1980年前後、ちょうど「きみの朝」がヒットして人気絶頂だったころだった可能性が高いと推測できます。
大竹しのぶさんが家を訪ねて、生まれたばかりの長男を抱っこしたという話も、この時期のことだと考えると自然です。
デビューして数年、全国ツアーやドラマで大忙しの時期に家庭を持ったことになりますね。
そんな時期に家を支えていたのが奥様だったと思うと、ちょっとグッときます。
交通事故からの復帰を支えた家族の存在
夫婦の歩みの中で、いちばん大きな試練だったのが2011年の交通事故です。
2011年11月、岸田智史さんは埼玉の首都高速・三郷料金所で追突事故に巻き込まれました。
頸椎と腰椎の捻挫という重いけがで、左半身にしびれが残ったそうです。
ギターの弾き語りが持ち味の岸田智史さんにとって、これはきつかったでしょうね…。
直後に予定していたデビュー35周年のツアーは断念することになりました。
「家族が心配してくれましたから」
それから約1年半、岸田智史さんは地道なリハビリを続けます。
2013年9月、復帰ツアーの告知でスポニチを訪れた際には、こんなふうに語っていました。
「自分もさすがに”この先どうなるんだろう?”って不安になりましたが、その間、家族が心配してくれましたから」
奥様を名指ししたわけではありませんが、不安な時期を支えたのは家族だったと本人がはっきり言っているんです。
親子3人で回った復活ツアー
2013年10月、岸田智史さんは約3年ぶりの全国ツアーをスタートさせました。
このツアーは、長男の稲田しんたろうさん、長女の稲田みづ紀さんと、親子3人で初めて回るものでした。
「家族で同じ方向を向いて一緒にステージに立てるのはうれしい」と目尻を下げていたそうです。
奥様は表に出ていないものの、事故から復帰までの約1年半は、奥様を含む家族全員で乗り越えた時間だったといえます。
妻との間に生まれた息子と娘
岸田智史さんと奥様の間には、1男1女の2人の子供がいます。
どちらも音楽や舞台の道に進んでいるんです。
| 続柄 | 名前 | 仕事 |
|---|---|---|
| 長男 | 稲田しんたろう | パーカッション奏者 |
| 長女 | 稲田みづ紀 | ミュージカル女優 |
長男・稲田しんたろう
長男の稲田しんたろうさんはパーカッション奏者です。
2013年の復帰ツアーでも父のステージで演奏しました。
近年は岸田智史さんが舞台やミュージカルの音楽制作を頼まれることが増え、そのアレンジを息子の稲田しんたろうさんが担当しているそうです。
長女・稲田みづ紀
長女の稲田みづ紀さんはミュージカル女優です。
父が手がける音楽では、コーラスで歌うこともあるといいます。
岸田智史さん自身は、両親も兄弟も親戚もほとんどが教師という家系に生まれました。
2026年8月のFLASHのインタビューでは、約半世紀をかけて、岸田家は教育一家から音楽一家になったと紹介されています。
奥様が守ってきた家庭から、父と同じ音楽の道へ進む子供が2人育ったわけです。
娘婿の福井晶一と広がる家族の輪
長女の稲田みづ紀さんの夫は、ミュージカル俳優の福井晶一さんです。
岸田智史さんにとっては娘婿、奥様にとっては義理の息子にあたります。
岸田智史さんはFLASHのインタビューで、家族で集まると音楽の話に花が咲くと話していました。
音楽一家に、ミュージカル俳優の娘婿が加わったわけですから、にぎやかな集まりになりそうですよね。
福井晶一さんは2024年のお正月に、初めて妻の父である岸田智史さんの故郷、岡山県真庭市を訪ねたことを自身のブログに書いています。
そして2024年11月には、福井晶一さんと大竹しのぶさんの共演がきっかけで、岸田智史さん夫妻と大竹しのぶさんの40年ぶりの再会が実現しました。
娘の結婚で家族の輪が広がり、それが思わぬ再会にもつながったというのは、なんだか温かい話です。
岸田智史の妻を調べる人向けの関連情報
奥様のことを調べている人は、岸田智史さん本人の現在や年齢、代表曲やコンサートも気になっているようです。
よく一緒に検索されている話題をまとめました。
現在は岸田敏志の名前で歌手や作曲家として活動中
岸田智史さんは現在、読みはそのままで表記を岸田敏志に変えて活動しています。
ディスコグラフィーを見ると、2005年のシングルからは岸田敏志の名義になっています。
所属はフレンズ・ケイ・カンパニーです。
現在の主な活動をまとめると、次のようになります。
| 分野 | 主な活動 |
|---|---|
| 歌手 | 全国のコンサートツアー |
| 作曲・音楽監督 | 舞台・ミュージカルの音楽(2018年「よろこびのうた」の音楽監督・作曲など) |
| テレビ | テレビ埼玉「カラオケ1ばん」司会(2011年〜) |
| 作詞・作曲 | 母校の統合で生まれた岡山県立真庭高等学校の校歌(2011年) |
2026年8月のFLASHのインタビューでは、「元気な間は、歌い続けたい」と語っていました。
インタビューの写真も公開されていて、両手を広げて新八先生のシーンを再現する今の姿を見ることができます。
70代になった今も、歌と舞台音楽の両方で第一線に立ち続けているのが岸田智史さんの現在です。
年齢は何歳?1953年生まれの73歳
岸田智史さんは1953年4月18日生まれで、2026年9月時点で73歳です。
出身は岡山県真庭郡落合町(現在の真庭市)で、岡山県立落合高校から京都教育大学の体育学科に進みました。
体育の教員免許を持っていて、もともとは体育の先生を目指していたそうです。
大学2年のときに胃を患って陸上をあきらめ、そこから作詞作曲を始めたのが音楽の道の始まりでした。
1976年に「蒼い旅」でデビューしてから、2026年でちょうど50年になります。
女優志願は1984年に出したシングル
関連ワードに出てくる女優志願は、岸田智史さんが1984年8月にトーラスレコードから出したシングルです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1984年8月 |
| レーベル | トーラスレコード |
| 作詞・作曲 | 岸田智史 |
| 編曲 | 梅垣達志 |
| B面 | 「不思議な朝」(ヤクルトのイメージソング) |
CBS・ソニーからトーラスレコードへ移って最初のシングルで、作詞も作曲も岸田智史さん自身が手がけています。
同じ1984年には、アルバム「エキストラ」も出しています。
息子の稲田しんたろうは父の曲づくりの相棒
息子について検索している人も多いようです。
長男の稲田しんたろうさんはパーカッション奏者で、父が引き受けた舞台やミュージカルの音楽ではアレンジを担当しています。
岸田智史さんのシングルのクレジットを見ると、2005年の「Peace For The Children」、2014年の「ボクガ・ココニ・イル」、2016年の「黄昏(ニューバージョン)」に、稲田しんたろうさんの名前が入っています。
10年以上にわたって、父と息子で曲を作り続けているんですね。
大竹しのぶさんが40年前に抱っこして泣かせてしまった赤ちゃんが、今は父の音楽を支える存在になっていると思うと、感慨深いものがあります。
コンサート2026はデビュー50周年の記念ツアー
岸田智史さんは2026年、デビュー50周年を記念したコンサートツアーを開催しました。
2026年8月のFLASHのインタビューの時点で、50周年の記念ツアーを終えたばかりだと紹介されています。
2025年にも「彩り歌紀行」と題したツアーで各地を回っていて、沖縄でのライブも開いていました。
最新の公演情報は、公式サイト「kissy21.com」や公式ブログ「From kissy」で確認できます。
岸田智史の妻のまとめ
- 岸田智史の妻は一般人で、名前・年齢・職業は非公表
- 現在の芸名は岸田敏志で、本名は稲田英彦
- 妻の姓は本名から稲田とみられる
- 結婚時期は非公表だが、長男の年齢から1980年前後と推測される
- 1980年前後は「きみの朝」のヒットや「1年B組新八先生」主演の時期と重なる
- 大竹しのぶが2024年11月に約40年ぶりに再会したことをInstagramで報告
- 大竹しのぶは昔家を訪ねた際の妻の手料理、ほうれん草のサラダを覚えていた
- 大竹しのぶは再会した妻を「可愛らしくて、楽しい方」と表現
- 2011年11月の追突事故で頸椎・腰椎を捻挫し、35周年ツアーを断念
- 約1年半のリハビリ中を「家族が心配してくれた」と本人が語っている
- 2013年10月に長男・長女との親子3人で復帰ツアーを実施
- 長男は稲田しんたろう(パーカッション奏者)、長女は稲田みづ紀(ミュージカル女優)
- 長女の夫はミュージカル俳優の福井晶一
- 岸田家は教育一家から音楽一家になったと紹介されている
- 2026年にデビュー50周年記念ツアーを開催し、73歳の今も歌い続けている

