作家の小川糸さんについて、再婚したのではないかという話を目にしたことはありませんか。
日記エッセイに登場していた夫「ペンギン」の姿が、あるときから見えなくなった。ここから広がった話なんですよね。
調べてみると、再婚どころか離婚の事実さえ公式には確認できないという、少し不思議な状態が見えてきました。
・小川糸の再婚が発表・報道されているかどうか
・夫として公表されている水谷公生の経歴と26歳という年齢差
・再婚や離婚の噂がどこから生まれ、なぜ確定できないのか
小川糸の再婚は発表なし!離婚したかどうかも未確認
「小川糸さんは再婚したの?」という疑問に、まず結論からお答えします。
再婚の発表はどこにも見当たらず、そもそも離婚したのかどうかさえ、はっきりした形では確認できないというのが実際のところです。
再婚の発表も報道も確認できない
いきなり結論からいきますね。
小川糸さんが再婚したという発表も報道も、確認することはできません。
公式サイト「糸通信」のお知らせ欄を見ても、載っているのは新刊の情報とトークイベント、サイン会、メディア出演のお知らせばかりです。
私生活に関する告知はひとつもありません。
版元である幻冬舎の連載ページにも、大手ニュースサイトにも、再婚を伝える記事はありませんでした。
ここ、少し意外に感じませんでしたか。
「小川糸 再婚」という検索が一定数あるのに、その答えになる一次情報がひとつも出てこないという、ちょっと珍しい状態になっています。
小川糸さんはもともと、私生活を作品の外で語るタイプの作家さんではありません。
日記エッセイという形で暮らしぶりは惜しみなく公開する一方、記者会見や公式コメントで身の上を説明することは、ほとんどないんですよね。
その姿勢を踏まえると、仮に何かがあったとしても、ニュースの形で流れてくる可能性はそもそも低いといえます。
再婚相手として名前が挙がる人物もいない
再婚の噂が立つとき、たいていは「相手は誰なのか」という話がセットでついてきます。
ところが小川糸さんの場合、その相手として名前が挙がっている人物が、ひとりも見当たりません。
芸能人の名前も、業界関係者の名前も、一般の方を示唆するような表現も出てこないんです。
Googleのサジェストには「小川糸 再婚 相手」という候補が並びますが、これは検索した人がいる証拠であって、相手が存在する証拠ではありません。
サジェストは実際に打ち込まれた語の記録なので、「気になって調べた人が多い」ことしか示しません。
つまり、再婚相手の候補が挙がっていないのではなく、そもそも再婚したという前提自体が確認できていないというのが正確なところです。
夫は26歳年上の編曲家・水谷公生
再婚の話をする前に、まず結婚相手として公表されている人物を押さえておきましょう。
小川糸さんの夫として名前が出ているのは、作曲家・編曲家でギタリストの水谷公生(みずたに きみお)さんです。
Wikipediaの記載でも、水谷さんの配偶者は小川糸さんとされています。
年齢差は26歳。
水谷さんは1947年6月17日生まれなので、1973年生まれの小川糸さんとは親子ほど離れた組み合わせです。
出会いは小川糸さんの大学生時代とされていて、編集プロダクションに勤めていた頃に同居を始め、そのまま結婚に至ったという流れが伝えられています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 水谷公生(別名・水谷竜緒) |
| 生年月日 | 1947年6月17日 |
| 職業 | 作曲家・編曲家・ギタリスト |
| 主な活動 | GSバンド「アウト・キャスト」「アダムス」、ソロ作『A PATH THROUGH HAZE』 |
| 小川糸との年齢差 | 26歳 |
アウト・キャスト時代と浜田省吾のプロデュース
水谷公生さんは、17歳でプロのミュージシャンとして活動を始めた人です。
西田佐知子さんの「涙の乾くまで」でスタジオミュージシャンとしてデビューし、1966年にはグループサウンズのバンド「アウト・キャスト」を結成しています。
その後「アダムス」を経て、1971年には唯一のソロアルバム『A PATH THROUGH HAZE』を発表しました。
60〜70年代のニューロックを代表するギタリストのひとりで、後年は浜田省吾さんのプロデューサーとしても知られています。
編曲家としての仕事も膨大で、昭和歌謡のアレンジャーとして名前を挙げられることが多い方です。
……という経歴を並べていくと、小川糸さんが音楽の側から作詞に入っていった流れも、なんとなく納得できる気がしませんか。
2000年に結婚し音楽ユニットも結成
小川糸さんと水谷公生さんが結婚したのは2000年です。
小川糸さんが27歳前後、水谷さんが53歳前後という計算になります。
ここで面白いのが、ふたりは家庭を持っただけでなく、仕事の場も共有していたという点です。
夫婦で音楽ユニット「Fairlife」を立ち上げ、小川糸さんは「春嵐(しゅんらん)」というペンネームで作詞を担当していました。
小説家としての本格的なデビュー作『食堂かたつむり』が世に出たのは2008年ですから、作詞のほうが先だったことになります。
つまり、結婚生活と創作活動が最初からひと続きになっていた夫婦だったわけですね。
このあたりを知ると、後年のエッセイで夫が「ペンギン」という愛称で頻繁に登場していた理由も見えてきます。
生活の相棒であると同時に、仕事の相棒でもあったということなんだろうと思います。
小川糸のプロフィールと代表作
ここで本人の経歴も簡単に押さえておきますね。
小川糸さんは1973年生まれ、山形県山形市の出身です。
清泉女子大学文学部国文学科を卒業していて、専攻は古代文学。
『古事記』を研究していたというのは、いまの作風からするとちょっと意外な経歴かもしれません。
1999年に雑誌『リトルモア』掲載の「密葬とカレー」で小説家としてデビューし、2008年の『食堂かたつむり』が大ヒットしました。
同作は2010年に映画化されています。
その後も『つるかめ助産院』『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』がドラマ化されるなど、映像化の多い作家さんです。
海外での評価も高く、2011年にイタリアのバンカレッラ賞料理部門賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞しています。
再婚が検索されるのはエッセイの変化から
では、なぜ「再婚」という言葉で検索されるのでしょうか。
きっかけをたどっていくと、行き着くのは日記エッセイのなかで「ペンギン」の登場が途絶えた時期があるという点です。
小川糸さんの日記エッセイは、1年分の日記を3年ほど遅れて文庫にまとめるという独特の刊行スタイルをとっています。
『ペンギンと暮らす』というタイトルの一冊まであるくらいで、読者にとって夫の存在は日常の風景そのものでした。
その風景から急にひとりの姿が消えたら、読んでいる側は気になりますよね。
実際、Yahoo!知恵袋には「日記エッセイに夫であるペンギンが登場しなくなりました、なぜでしょうか」という質問が投稿されています。
再婚という検索語の出どころは、公式発表ではなく、作品を追いかけてきた読者が気づいた変化だったということです。
離婚の報道があって再婚が疑われた、という順番ではありません。
登場しなくなった、という一点から、読者の側で離婚説が生まれ、その先に再婚という言葉がつながっていった流れなんですね。
2021年のブログにあった元夫という表現
離婚説をもう一歩押し進めたとされているのが、ブログでの表現です。
芸能情報をまとめたメディアによると、2021年のブログ記事に「元夫」という言葉が使われ、姓が変わることの不便さについて書かれていたとされています。
もしこれが事実なら、離婚を示す記述としてはかなり具体的です。
ただ、ここには注意しておきたい点があります。
その元記事は現在削除されており、こちらで直接確認することができません。
引用しているメディア側も、公式なニュースとしては報道されていないと明記しています。
つまり「元夫」という表現があったという情報自体が、又聞きの状態から抜け出せていないのが現状です。
小川糸さんは自身の日記を作品として世に出している方なので、日々の記述に私的な言葉が混じること自体は不思議ではありません。
ただ、削除された記事を根拠に離婚を断定するのは、時系列の面でも出典の面でも無理があります。
ここは「そう伝えられている情報がある」という段階で止めておくのが誠実だと思います。
昨日のパスタでは夫が再登場したとの指摘
さらに話をややこしくしているのが、その後の展開です。
2023年に刊行された日記エッセイ『昨日のパスタ』について、ペンギンが再び登場し、また一緒に暮らすことになったと読める記述があるという読者の指摘が出ています。
Yahoo!知恵袋の回答として書き込まれた内容で、ドイツから帰国したあと、愛犬のゆりねさんとペンギンさんとともに過ごす様子が描かれているとされます。
これが正しいとすると、一時的に離れて暮らした期間はあったけれど、その後また一緒に暮らし始めた、という読み方が成り立ちます。
……となると、離婚したかどうかという話自体が、かなり揺らいできますよね。
別居があったのか、離婚があったのか、それとも執筆上の都合で書かれなかっただけなのか、外からは切り分けられません。
日記エッセイは事実を記録した文章ではありますが、何を書き、何を書かないかは書き手が決めるものです。
登場しなくなったことも、再び登場したことも、そのまま関係の変化と等号で結ぶことはできないんですよね。
八ヶ岳の森暮らしはひとりと1匹で始まった
一方で、版元の公式媒体に載っている記述にも、気になる部分があります。
小川糸さんは2022年7月に東京から八ヶ岳南麓の山小屋へ移住しました。
その暮らしを綴った幻冬舎plusの連載「森へ帰ろう」は、第1回のタイトルが「ひとりと1匹で始まった森暮らし」となっています。
1匹というのは、愛犬でビションフリーゼの「ゆりね」さんのことです。
版元が出している公式の連載でこう書かれている以上、少なくとも移住の時点では、山小屋での生活を本人と愛犬で始めたと読むのが自然でしょう。
ただ、これも「離婚した」という記述ではありません。
夫婦それぞれの仕事の都合で拠点が別になることは、珍しい話ではないですからね。
扶桑社のESSE onlineが2023年11月に掲載した記事でも、移住から1年半が経った暮らしぶりが紹介されていますが、家族構成についての記載はありませんでした。
公式に出ている情報は、暮らしの形については語っていても、夫婦関係については何も語っていないのです。
再婚の噂に対する世間の声
読者の側の受け止め方も、きれいに割れています。
エッセイの変化に気づいて心配する声、単に書かれなくなっただけだろうと考える声、そして詮索そのものをよしとしない声。
いくつか整理してみますね。
| 受け止め方 | 内容 |
|---|---|
| 心配する声 | 仲睦まじく描かれていただけに、急に登場しなくなったことに驚いた |
| 冷静な声 | 日記エッセイは本人が書く範囲を選ぶもの。書かれない=いないではない |
| 静観する声 | 発表がない以上、読者が結論を出す話ではない |
| 作品重視の声 | 私生活より、山小屋の暮らしを描いた近年の作品のほうが読みたい |
個人的には、4つ目の受け止め方がいちばん腑に落ちました。
小川糸さんの日記エッセイは、誰と暮らしているかを報告する文章ではなく、その日に何を食べ、何を感じたかを書き残す文章です。
読者が変化に気づいてしまうほど生活を開いてくれている、その事実のほうがむしろ稀なことなのかもしれません。
小川糸の再婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、再婚を調べている人が続けて気にしがちなポイントをまとめておきます。
子供のこと、離婚の時期、夫の現在、そして小川糸さん自身の近況までを順に見ていきましょう。
子供はいないとされる
小川糸さんに子供がいるという情報は確認できません。
複数のプロフィールまとめでも、子供はいないと記載されています。
日記エッセイや連載に登場するのは、愛犬のビションフリーゼ「ゆりね」さんです。
ゆりねさんは八ヶ岳の山小屋暮らしでも中心的な存在で、連載の紹介文でもその名前が出てきます。
読者のあいだで「娘のゆりねちゃん」という言い方をされることもあるくらい、家族としての位置づけが定着している印象ですね。
子供の有無について本人が語った記録は見当たらず、いないとする情報が複数のまとめに共通しているという状況です。
離婚がいつかを特定できない理由
「小川糸 離婚 いつ」という検索も多いのですが、これには答えが出せません。
理由は3つあります。
ひとつめは、離婚を伝える報道が存在しないこと。
ふたつめは、根拠とされる2021年のブログ記事が削除されており、日付も文面も確認できないこと。
みっつめは、日記エッセイの刊行が3年ほど遅れる形式のため、本に書かれた出来事の実際の時期と、読者が読んだ時期に大きなズレがあることです。
3つめは意外と大きくて、たとえば2023年に出た本の中身は2020年前後の日々ということになります。
読者が「最近ペンギンが出てこない」と感じた時点と、実際に何かが起きた時点は、そもそも重なっていないんですよね。
時期を特定できないのではなく、時期を特定するための材料が公開されていない、というのが正しい言い方だと思います。
夫の水谷公生は現在も音楽活動を続ける
夫として名前が挙がっている水谷公生さんについても触れておきます。
1947年生まれなので、現在は70代後半です。
ソニーミュージックの公式サイトにアーティストページが置かれており、作曲家・編曲家・ギタリストとしてのキャリアが公式に紹介されている状態が続いています。
昭和歌謡の編曲家として代表作を一覧化した記事があるほど、手がけた作品数は多い方です。
夫婦のユニット「Fairlife」の活動については、近年の動向を示す情報を確認できませんでした。
小川糸さんが小説家として多忙になり、活動の中心が文筆へ移っていったことを考えると、自然な流れではあります。
山小屋暮らしと近年の刊行ペース
最後に、小川糸さん自身の現在です。
2017年春から2020年3月末までドイツ・ベルリンで暮らし、帰国後の2022年7月に八ヶ岳南麓へ移住しました。
そこからの刊行ペースが、なかなかすごいんです。
| 刊行時期 | 作品 |
|---|---|
| 2024年11月 | 『小鳥とリムジン』 |
| 2025年2月 | 『今夜はジビエ』(山小屋に暮らし始めた年の日記) |
| 2025年5月 | 『いとしきもの』 |
| 2026年2月 | 『森のバカンス』 |
| 2026年4月 | 『食堂巡礼』 |
雑誌『天然生活』『アンデル』などでの連載も継続していて、トークイベントやサイン会も定期的に開かれています。
私生活について語らない一方で、書き手としての活動はまったく途切れていないというのが、いまの小川糸さんです。
母との確執と2人の姉
家族という話でいうと、小川糸さんが繰り返し書いてきたのは夫のことよりも母親のことでした。
婦人公論のインタビューでは、母親を「感情の起伏が激しく、どんなときでも自分が絶対に正しいと信じて疑わない」人物だったと振り返っています。
「作家になり結婚してからも、母の影に怯え、息苦しく感じていました」という言葉もありました。
正直、読んでいて胸が痛くなる表現です。
その母親はがんで亡くなり、取材時点で4年が経っていました。
亡くなったあとに「母のいない世界に新たに生まれ出たような一種の解放感」を覚え、最後の日々に立場が逆転したことで、初めて「愛おしい」と思えたと語っています。
また、小川糸さんには姉が2人います。
そのうちのひとりは読書好きで、吉本ばななさんの『TUGUMI』を小川糸さんに薦めた人物だと伝えられています。
作家になるきっかけの一端が姉にあったと考えると、なんだかいいですよね。
小川糸の再婚のまとめ
- 小川糸の再婚を伝える発表・報道はいずれも確認できない
- 再婚相手として名前が挙がっている人物も存在しない
- 公式サイト「糸通信」に私生活に関する告知はない
- 夫として公表されているのは編曲家・ギタリストの水谷公生
- 水谷公生は1947年6月17日生まれで小川糸とは26歳差
- 結婚は2000年で、出会いは小川糸の大学生時代とされる
- 夫婦で音楽ユニット「Fairlife」を結成し「春嵐」名義で作詞していた
- 再婚が検索される発端は、日記エッセイから夫「ペンギン」の登場が途絶えたこと
- 2021年のブログに「元夫」の表現があったとする情報はあるが、元記事は削除済み
- 離婚は公式なニュースとして報道されていない
- 2023年刊行の『昨日のパスタ』でペンギンが再登場したという読者の指摘もある
- 幻冬舎plusの連載第1回は「ひとりと1匹で始まった森暮らし」という題
- 2022年7月に八ヶ岳南麓の山小屋へ移住し、愛犬ゆりねと暮らす
- 子供はいないとされ、本人が語った記録は見当たらない
- 近年も『森のバカンス』『食堂巡礼』など刊行が続いている

