養老孟司さんに前妻がいたのか、気になって調べている方も多いのではないでしょうか。
実は「再婚」の歴史をたどっていくと、養老さん本人ではなく意外な人物に行き着くんです。
茶道表千家の教授である妻・朝枝さんとの夫婦関係や、娘・暁花さんを含む家族構成もあわせて紹介します。
・養老孟司に前妻がいたという記録はあるのか
・妻・養老朝枝さんの職業と夫婦のエピソード
・再婚歴のある母・静江さんを含めた家族構成
養老孟司の前妻の噂と妻・養老朝枝の素顔
養老孟司さんに前妻がいたのかどうか、結論からお伝えすると、そうした記録はどこにも見当たりません。
ここでは前妻の話が出てきた経緯と、長年連れ添ってきた妻・朝枝さんの人物像を順番に見ていきます。
前妻がいたという記録は見当たらない
養老孟司さんといえば『バカの壁』で知られる解剖学者で、東京大学の名誉教授です。
そんな養老さんについて「前妻がいたのでは」「再婚なのでは」と気になって調べている方、けっこう多いんですよね。
まず押さえておきたいのは、公開されているプロフィールのどこにも前妻の名前が出てこないということです。
Wikipediaの人物情報欄を見ても、配偶者として書かれているのは養老朝枝さんただ1人です。
離婚や再婚について、本人がインタビューで語った記録も、大手メディアが報じた記事も見つかりませんでした。
養老さんは新聞の連載やインタビューで自分の半生をかなり詳しく語っている人です。
読売新聞の連載「時代の証言者」では、子どもの頃の病気や父親との別れまで細かく振り返っています。
それだけ自分のことを語っている人なのに、最初の結婚や離婚の話は一度も出てきません。
ネットに出回った「最初の結婚」の話
一方で、ネット上には「東大で教授になった頃、同じ研究室の女性と最初の結婚をしていた」という筋書きの記事が出回ったことがあるようです。
ただ、この話は出どころがはっきりしていません。
Wikipediaにも記載がなく、新聞や雑誌が報じた形跡もないので、根拠のある情報とは言いにくいのが正直なところです。
今確かめられる範囲では、養老さんの妻は朝枝さん1人で、前妻の存在を示す記録は見つかっていません。
母・静江には再婚歴があった
では、なぜ「前妻」「再婚」という言葉と一緒に検索されるのでしょうか。
調べていくと、養老家の中で実際に再婚していた人物が1人いることが分かりました。
お母さんの養老静江さんです。
静江さんは小児科医で、鎌倉で医院を開いていた方です。
最初は弁護士の男性と結婚して2人の子どもをもうけましたが、その後、10歳年下の男性と恋愛して離婚し、再婚しています。
その再婚相手が、三菱商事に勤めていた養老さんの父・文雄さんでした。
養老さん自身も読売新聞の連載で、父が2人の子どもがいる10歳年上の医師である母と結婚し、鎌倉で新しい暮らしを始めたのが1936年だったと振り返っています。
翌1937年に生まれたのが養老孟司さんです。
| 人物 | 立場 | 分かっていること |
|---|---|---|
| 養老静江さん | 母 | 小児科医。弁護士と結婚して2児をもうけた後に再婚 |
| 養老文雄さん | 父 | 三菱商事に勤務。1936年に静江さんと結婚 |
| 養老孟司さん | 本人 | 1937年に鎌倉で誕生。4歳のとき父が結核で死去 |
つまり養老さんには、お母さんの最初の結婚で生まれた父親違いのきょうだいがいるということになります。
ここからは私の推測になりますが、「養老家」「再婚」「前の結婚」という言葉がセットで語られているうちに、それが養老さん本人の話のように受け取られた可能性はありそうです。
お母さんの再婚は事実で、しかも本人が連載で語っている話なので、名前と一緒に目にする機会も多いですからね。
再婚歴が確かめられるのは本人ではなく、母・静江さんのほうです。
妻・養老朝枝は茶道表千家の教授
養老さんの奥さんは、養老朝枝(ようろう あさえ)さんという方です。
年齢や生年月日、出身地などの細かいプロフィールは公表されていません。
朝枝さんの肩書は茶道表千家の教授です。
お弟子さんに茶道を教える立場にあり、茶の湯の世界でしっかりキャリアを積んできた方なんですね。
香道にも通じていて、茶道と香道の両方について語る場に登場したこともあります。
解剖学と虫の世界に生きる夫と、日本の伝統文化に生きる妻……並べてみると、ずいぶん分野の違うご夫婦です。
鎌倉の自宅には茶室がある
養老家は鎌倉にあり、その自宅には茶室があります。
茶道を教える朝枝さんにとって、自宅の茶室は大切な場所なのだろうなと思います。
虫の標本に囲まれた養老さんの書斎と、静かな茶室が同じ家の中にあると考えると、なんだか面白いですよね。
朝枝さんは養老さんの「唯一の妻」として知られる、茶道表千家の教授です。
妻とぶつからない養老流の秘訣
夫婦の関係について、養老さんが率直に語った対談があります。
雑誌『PRESIDENT』2016年12月19日号に載った、ノンフィクション作家の髙橋秀実さんとの対談です。
養老さんによると、最初に奥さんにやり込められたとき、こういう調子で一生やられたらかなわないと思ったそうです。
そこで奥さんの考えを変えさせようとしたところ、ものすごい反応が返ってきて、晩ごはんが食べられなかったり、茶碗が割れたりしたんだとか。
そこで養老さんが出した答えは、「コスト計算すると、僕の考えを変えたほうが安くつく」というものでした。
それ以来、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」で通しているそうです。
……解剖学者らしい理屈っぽさと、夫としての白旗ぶりが同居していて、読んでいて思わず笑ってしまいました。
さらに養老さんは、相手をどうこうしようとする前に自分を変えるほうがいい、何しろタダだから、とも話しています。
妻とぶつからないための養老流の秘訣は「相手を変えず自分を変える」ことでした。
妻・朝枝は養老研究所で夫の活動を支える
朝枝さんは茶道の先生であると同時に、養老さんの仕事を身近で支える存在でもあります。
2024年に開かれた虫の展覧会のあと、展覧会の製作委員会のnoteに養老さんの言葉が掲載されました。
その中で、主催した養老研究所の所員として尽力してくれた人として、妻の朝枝さん、娘の暁花さん、秘書の方の名前を挙げていました。
家族ぐるみで養老さんの活動を支えている様子が伝わってきますよね。
体調を崩したときもそばにいた
2020年、養老さんは体調の異変を感じて東大病院を受診し、心筋梗塞と分かって入院しました。
受診したその日、病院の待合室では奥さんや秘書と「天ぷらでも食べて帰ろうか」と話していたそうです。
大きな病気が見つかる直前まで、いつもどおり奥さんと過ごしていたんですね。
朝枝さんは家庭だけでなく、養老さんの仕事や療養の場面でもそばにいる存在です。
夫婦の子供は娘と息子
養老さんと朝枝さんの間には、娘さんと息子さんがいるとされています。
娘さんは鍼灸師の養老暁花(あきか)さんで、メディアにもたびたび登場しています。
息子さんは一般の方のため、名前や職業などは表に出ていません。
もし前妻との間に子どもがいたなら、どこかで話題になっていてもおかしくないはずですが、そうした情報も見当たりませんでした。
養老さんの子どもとして知られているのは、朝枝さんとの間の娘さんと息子さんです。
養老孟司の前妻を調べる人向けの関連情報
ここからは、養老孟司さんの前妻について調べている方がよく一緒に検索している、奥さんの年齢や子ども、家族構成についてまとめました。
妻・朝枝の年齢や画像は公開されている?
奥さんの朝枝さんの年齢は公表されていません。
養老さんが1937年生まれなので、ご夫婦とも長い人生を一緒に歩んできたことは確かですが、具体的な年齢や生年月日は分かっていません。
画像については、朝枝さんは茶道や香道の催しに関わっていることもあり、そうした催しを紹介するSNS投稿などで姿を見かけることがあります。
ただ、テレビや雑誌に夫婦そろって登場するタイプではないので、写真の数は多くありません。
朝枝さんの年齢は非公表で、写真も茶道まわりの催しなどに限られます。
娘・養老あきか(暁花)は銀座の鍼灸師
娘の養老暁花さんは、東京・銀座で「草人木鍼灸治療院」を営む鍼灸師です。
2024年5月、養老さんは小細胞肺がんと診断されました。
このとき、父の体の異変に最初に気づいたのが暁花さんでした。
鍼灸師の免許を持つ暁花さんは、ふだんから父や母に施術をしていたそうです。
婦人公論.jpに掲載されたインタビューでは、父の役に立ちたいと思ってお見舞いに行っても塩対応をされ、心が折れそうになったこともあると語っています。
……それでも通い続けるところに、親子の強い結びつきを感じますよね。
暁花さんは鍼灸師として、父・養老さんの闘病を一番近くで支えています。
息子は一般人で情報は少なめ
息子さんについては、名前や職業、年齢といった情報はほとんど公開されていません。
一般の方なので、養老さんもプライバシーを守っているのだと思います。
講演や対談で養老さんが「息子」に触れることはあるものの、どんな仕事をしているのかまでは語られていません。
孫がいるかどうかについても、今のところ公表された情報は見当たりませんでした。
息子さんは一般人のため、詳しいプロフィールや孫の有無は明らかになっていません。
家族構成は母・静江を中心にたどると分かりやすい
養老さんの家族構成は、お母さんの静江さんを中心に見ると整理しやすいです。
| 続柄 | 名前 | 分かっていること |
|---|---|---|
| 母 | 養老静江さん | 小児科医。94歳まで診療を続け、1994年に荻野吟子賞を受賞 |
| 父 | 養老文雄さん | 三菱商事に勤務。養老さんが4歳のときに結核で死去 |
| 父親違いのきょうだい | 非公表 | 静江さんの最初の結婚で生まれた2人 |
| 妻 | 養老朝枝さん | 茶道表千家の教授 |
| 娘 | 養老暁花さん | 銀座の鍼灸師 |
| 息子 | 非公表 | 一般人 |
お母さんの静江さんは、2度の結婚を経験し、94歳まで現役の医師として患者を診続けた方です。
その強い生き方は、テレビ番組や本でも取り上げられてきました。
一方の養老さんは、朝枝さんと長く連れ添い、娘さんと息子さんを育ててきました。
家族構成を並べてみると、「再婚」の言葉が当てはまるのはお母さんの代だということがよく分かります。
養老家で再婚を経験したのは母・静江さんで、養老さん自身の妻は朝枝さん1人です。
養老孟司の前妻のまとめ
- 養老孟司に前妻がいたという記録は見当たらない
- Wikipediaの配偶者欄に書かれているのは養老朝枝のみ
- 離婚や再婚を本人が語った記録や大手メディアの報道も見つからない
- 「最初の結婚をしていた」とするネット記事はあるが出どころは不明
- 再婚歴が確かめられるのは母・養老静江のほう
- 静江は弁護士と結婚して2児をもうけた後、10歳年下の養老文雄と再婚
- 1936年に両親が結婚し、1937年に養老孟司が鎌倉で誕生
- 母の再婚の話が本人の話と受け取られた可能性がある(推測)
- 妻・朝枝は茶道表千家の教授で、香道にも通じている
- 鎌倉の自宅には茶室がある
- 妻と衝突した経験から「自分の考えを変えたほうが安くつく」と語った
- 以来「奥様のおっしゃる通りでございます」を通しているとされる
- 妻・朝枝と娘・暁花は養老研究所の所員として活動を支えている
- 子どもは鍼灸師の娘・暁花と一般人の息子の2人とされる
- 妻の年齢や息子の詳細、孫の有無は公表されていない

