荻島真一の妻は一般女性の裕子さん!結婚前に同棲していた女優とは?

荻島真一の妻は一般女性の裕子さん!結婚前に同棲していた女優とは?

記事内に広告を含みます

サスペンスドラマの二枚目俳優として活躍した荻島真一さんの妻が、どんな人だったのか気になっている方は多いのではないでしょうか。

実は、奥さんの名前が表に出たのは、荻島さんが亡くなったときの訃報の喪主欄だったんです。

この記事では、妻の裕子さんのこと、結婚前に同棲していた女優さん、そして家族に見守られた最期までを分かりやすくまとめました。

この記事を読むとわかること
・妻・裕子さんのプロフィールと2人の娘
・結婚前に同棲していた女優・范文雀さんとの関係
・胆管がんとの闘病と、妻が喪主を務めた最期

荻島真一の妻・裕子さんのプロフィールと夫婦の歩み

荻島真一さんの妻は、芸能界とは関わりのない一般女性の裕子さんです。

結婚前の恋愛、2人の娘さん、そして闘病から最期までを順番に見ていきましょう。

妻は一般女性の裕子さん

荻島真一さんの奥さんの名前は、裕子(ゆうこ)さんです。

名前がはっきり分かるのは、2004年11月に荻島さんが亡くなったときの訃報記事からなんですよ。

四国新聞などに配信された訃報には「喪主は妻裕子さん」と書かれていて、当時の芸能ブログにも「喪主は妻、荻島裕子」と同じ名前が記録されています。

一方で、裕子さんが女優やタレントとして活動していた記録は見当たりません。

年齢や出身地、職業といったプロフィールも表には出ておらず、芸能活動をしていない一般の方と見られています。

つまり、荻島さんの妻は芸能人ではなく、一般女性の裕子さんということになります。

二枚目俳優として長く活躍した荻島さんですが、家庭のことはほとんど語らず、奥さんを表に出さなかったんですね。

項目 内容
名前 荻島裕子さん
立場 一般女性(芸能活動の記録なし)
子供 娘2人
名前が出た場面 2004年11月の訃報(喪主)

妻の顔写真は公開されていない

裕子さんの顔写真は、ネット上でも見つかりません。

葬儀も親族だけで済ませたと報じられているので、家族のプライバシーを大切にしていたことがうかがえます。

妻と結婚する前に同棲していた范文雀

荻島真一さんと妻の話で、よく一緒に名前が出てくるのが女優の范文雀(はん・ぶんじゃく)さんです。

ここ、奥さんだったのでは?と気になった方も多いですよね。

でも、范文雀さんは荻島さんの妻ではありません。

複数のサイトによると、2人は1977年のドラマ「愛の嵐」(日本テレビ系)で共演したのをきっかけに交際し、同棲していたと伝えられています。

交際はオープンにしていたそうですが、結婚には至らず別れたとされています。

范文雀はどんな女優だったのか

范文雀さんは1948年生まれで、ドラマ「サインはV」で人気になった女優さんです。

1973年に寺尾聰さんと結婚し、翌1974年に離婚しています。

荻島さんとの同棲が伝えられているのは、この離婚よりあとの時期ですね。

范文雀さんは2002年11月に54歳で亡くなり、その2年後に荻島さんも58歳で亡くなっています。

同じ時代を生きた2人が、どちらも50代で旅立ったと思うと……なんだか切なくなります。

范文雀さんは荻島さんが結婚する前の交際相手で、妻の裕子さんとは別の人です。

妻との結婚時期と2人の娘

荻島真一さんが裕子さんといつ結婚したのかは、公表されていません。

ただ、范文雀さんとの同棲が伝えられているのが1977年ごろなので、裕子さんとの結婚はそれより後だったと考えるのが自然かなと思います。

Wikipediaなどのプロフィールには「家族は妻と二女」と書かれていて、夫婦の間には娘さんが2人いました。

娘さんの名前や年齢、職業は公表されておらず、芸能界に入ったという情報もありません。

荻島さんは亡くなるまで家庭を守り続け、娘さん2人の父親でもあったんですね。

結婚の時期は非公表ですが、荻島さんと裕子さんの間には娘が2人いたことが分かっています。

結婚歴は1度だけと見られる

荻島さんがほかの女性と結婚していたという情報は見当たりません。

范文雀さんとは同棲までで、正式に籍を入れた相手として名前が出ているのは裕子さんだけです。

妻と娘が支えた胆管がんとの闘病

荻島真一さんは、2003年9月に胆管がんと診断され、手術を受けました。

胆管がんは早く見つけるのが難しいがんとして知られています。

それでも荻島さんは、闘病しながら日本テレビ系の「午後は○○おもいッきりテレビ」に出演を続けていました。

同じ2003年2月には、ミュージカル「草原の人」にも出演していて、病気が分かる直前まで精力的に仕事をしていたんですよ。

病気を抱えながら画面に出続けるのは、本人にとっても、支える家族にとっても大変だったと思います。

正直、想像するだけで胸が締め付けられます。

診断から亡くなるまでの約1年2か月、荻島さんは仕事を続けながら家族とともに闘病していました。

自宅で妻に見守られた最期と喪主

荻島真一さんが亡くなったのは、2004年11月11日の午前1時50分です。

58歳でした。

訃報によると、亡くなった場所は病院ではなく東京都内の自宅でした。

最期の時間を家で過ごせたのは、家族にとってもせめてもの救いだったのかもしれません。

一部のサイトでは、奥さんと2人の娘さんに見守られながら息を引き取ったと伝えられています。

葬儀は親族だけで済ませ、喪主は妻の裕子さんが務めました。

ファンや関係者のために、翌年にしのぶ会を開く予定だとも報じられています。

荻島さんの最期は自宅で、喪主として見送ったのが妻の裕子さんでした。

時期 出来事
2003年2月 ミュージカル「草原の人」に出演
2003年9月 胆管がんと診断され手術
闘病中 「午後は○○おもいッきりテレビ」に出演を続ける
2004年11月11日 東京都内の自宅で死去(58歳)
葬儀 親族のみで実施・喪主は妻の裕子さん

荻島真一の妻を調べる人向けの関連情報

ここからは、荻島真一さんの妻について調べる人がよく一緒に検索している話題をまとめます。

いとこのアナウンサーや、夫婦役を演じた女優さんの話も出てきますよ。

事故ではなく胆管がんで亡くなった

荻島真一さんについて、事故で亡くなったのでは?と検索する人もいるようです。

でも、荻島さんの死因は事故ではありません。

訃報では、胆管がんのため東京都内の自宅で死去したと伝えられています。

交通事故などの報道は見当たらず、前の年から続けていたがんの治療の末に亡くなりました。

出演していたドラマの中に交通事故を扱った回があるため、それが検索に混ざっているのかもしれません。

荻島さんの死因は胆管がんで、事故ではありません。

いとこの荻島正己もアナウンサー

荻島真一さんのいとこには、フリーアナウンサーの荻島正己さんがいます。

荻島正己さんは1975年に静岡放送に入社し、1982年からはTBSの「朝のホットライン」でメインキャスターを務めた方です。

2014年6月に食道がんのため62歳で亡くなっていて、このときの喪主は妻の初栄さんでした。

同じ荻島という名字で、どちらも喪主が妻だったため、荻島真一さんの妻を調べていて初栄さんの名前にたどり着く人もいるかもしれません。

初栄さんはいとこの荻島正己さんの妻で、荻島真一さんの妻は裕子さんです。

いとこ同士が、どちらもがんで50〜60代で亡くなっているのは、なんとも言えない気持ちになりますね。

酒井和歌子と夫婦役を演じた僕たちの失敗

荻島真一さんと一緒によく検索されている女優が、酒井和歌子さんです。

2人は、1974年のNHK銀河テレビ小説「僕たちの失敗」で主演を務めました。

原作は石川達三さんの小説で、荻島さんと酒井さんは契約結婚をする男女を演じたと紹介されています。

主題歌の「落日のテーマ」とあわせて、今でも覚えている人が多いドラマなんですよね。

2人は1976年の映画「妻と女の間」でも共演しています。

また、荻島さんのマネージャーだった松井久子さんがのちに立ち上げた芸能事務所では、酒井和歌子さんも担当していました。

酒井和歌子さんはドラマで夫婦役を演じた共演者で、実際の妻ではありません。

八つ墓村やドラマありがとうでの役

荻島真一さんの代表作として名前が挙がるのが、「八つ墓村」と「ありがとう」です。

作品 放送年 荻島さんの役
ありがとう 第4シリーズ(TBS) 1974年〜1975年 合田健介
横溝正史シリーズII 八つ墓村(MBS) 1978年 寺田辰弥
横溝正史シリーズ 本陣殺人事件(MBS) 1977年 一柳三郎
おていちゃん(NHK連続テレビ小説) 1978年 片桐真一

「八つ墓村」では、物語の中心になる寺田辰弥を演じています。

ほかにも「隠密剣士」「鬼平犯科帳」「水戸黄門」など時代劇にも多く出演し、2時間ドラマのサスペンスでもおなじみの顔でした。

70年代に主役級の役を次々と演じ、その後は長くドラマを支える俳優として活躍しました。

イケメン二枚目俳優と呼ばれた若い頃

荻島真一さんは、若い頃から憂いのある二枚目として人気がありました。

劇団四季に入団して舞台に立ったあと、テレビドラマに進み、二枚目の役どころで次々と出演しています。

フジテレビの「スター千一夜」では司会も務め、ドラマ以外でも親しまれました。

劇団四季から独立してテレビの仕事を始めるとき、友人でライターだった松井久子さんにマネージャーを頼んだそうです。

松井さんはのちに映画監督になった方で、荻島さんの誘いがその人生を変えるきっかけにもなりました。

イケメンと検索されるのも納得の、端正な顔立ちの俳優さんだったんですね。

荻島真一の妻のまとめ

  • 荻島真一の妻は一般女性の裕子さん
  • 裕子さんの名前は2004年11月の訃報の喪主欄で分かる
  • 裕子さんに芸能活動の記録はない
  • 裕子さんの顔写真や年齢は公表されていない
  • 結婚した時期は公表されていない
  • 夫婦の間には娘が2人いる
  • 娘2人の名前や職業は公表されていない
  • 結婚前には女優の范文雀と同棲していたと伝えられる
  • 范文雀とは1977年のドラマ愛の嵐での共演がきっかけとされる
  • 范文雀とは結婚に至らず、妻ではない
  • 2003年9月に胆管がんと診断され、闘病しながらテレビ出演を続けた
  • 2004年11月11日に東京都内の自宅で58歳で亡くなった
  • 葬儀は親族のみで行い、喪主は妻の裕子さんが務めた
  • 死因は事故ではなく胆管がん
  • いとこの荻島正己の妻は初栄さんで、荻島真一の妻とは別人

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)