巨人の左腕・森田駿哉さんが侍ジャパンのメンバーに選ばれ、結婚しているのか気になった方も多いのではないでしょうか。
実は検索結果には「21年に結婚」という文が出てくることがあって、ドキッとした方もいるかもしれません。
結婚の発表があるのか、独身と紹介された時期はいつなのか、記事の日付つきで整理しました。
・森田駿哉さんの結婚が発表されているかどうか(2026年10月時点)
・「独身」「彼女募集中」と紹介された記事とその時期
・検索結果に出る「21年に結婚」が誰の話なのか
森田駿哉の結婚は発表なし!独身と紹介された時期
森田駿哉さんの結婚については、2026年10月時点で発表は出ていません。
ここでは「独身」と紹介された記事の時期や、検索結果で誤解されやすいポイントまで、順番に整理していきますね。
結婚の発表は2026年10月時点で出ていない
いちばん気になるところから書きますね。
森田駿哉さんの結婚は、2026年10月9日時点で発表されていません。
所属する読売ジャイアンツからの発表も、本人のSNSでの報告も見当たりませんでした。
スポーツ紙の報道を見ても、出てくるのは侍ジャパンへの選出や登板の記録ばかりで、結婚に触れた記事はありません。
プロ野球選手の結婚は、球団の公式発表やスポーツ紙の記事で一気に広まるのが普通です。
それが一度も出ていないので、少なくとも公になった結婚はないと考えてよさそうです。
ただ、プロ野球選手がみんな結婚を公表するわけではありません。
一般の方と結婚して、あえて発表しない選手もいます。
なので、この記事で言えるのは「結婚の発表は出ていない」というところまでです。
社会人出身の選手は入団前に結婚していることもある
森田駿哉さんは大学を出たあと、Honda鈴鹿で5年間プレーしてからプロに入りました。
社会人を経てプロ入りした選手だと、入団の時点ですでに家庭を持っていることもあります。
でも森田駿哉さんについては、社会人時代に結婚していたという報道も見つかりませんでした。
ドラフト指名を受けたときの記事でも、喜びを伝えた相手として出てくるのは弟さんや仲間たちです。
2025年8月のプロフィール欄には「独身」
結婚について、はっきり書かれた記事が1本あります。
2025年8月7日にサンスポが出した「巨人・森田駿哉という男」という記事です。
前日の8月6日、森田駿哉さんはヤクルト戦でプロ初先発し、6回を2安打無失点に抑えてプロ初勝利を挙げました。
その活躍に合わせて組まれたプロフィール記事で、最後の「サイズなど」の欄に「185センチ、88キロ。左投げ左打ち。独身。」と書かれていました。
スポーツ紙のこうしたプロフィール欄では、既婚の選手なら「既婚」や家族構成が書かれることが多いです。
そこに「独身」とあるので、2025年8月の時点では結婚していなかったと読めます。
この記事から1年以上がたちますが、その後に結婚の発表は出ていません。
2025年8月の時点では独身と紹介されていて、それ以降も結婚の発表はない、というのがいま分かっている事実です。
| 時期 | 出どころ | 結婚についての記述 |
|---|---|---|
| 2021年12月 | トヨタイムズの都市対抗の選手紹介 | 彼女募集中 |
| 2025年8月 | サンスポのプロフィール記事 | 独身 |
| 2026年10月 | 侍ジャパン選出の各紙報道 | 結婚の記述なし |
2021年の都市対抗では「彼女募集中」と紹介
さかのぼると、もっとストレートな紹介文もあります。
2021年12月、社会人野球の都市対抗大会を前に、トヨタ自動車の公式メディア「トヨタイムズ」が出場選手33人を紹介しました。
トヨタ自動車硬式野球部のマネージャーさんが、一人ひとりのキャッチフレーズを読み上げていく企画です。
このとき森田駿哉さんは、Honda鈴鹿からの補強選手としてトヨタ自動車に加わっていました。
その紹介文がこちらです。
「ホンダ鈴鹿からの補強選手がトヨタのエンジンとして頑張ります。彼女募集中。」
……まさかの「彼女募集中」です。
他の選手の紹介には「冬に結婚式を控える新婚さん」「先月生まれた娘も守る補強選手」といった家庭の話も並んでいたので、その中での「彼女募集中」はちょっと目立ちますよね。
チームの雰囲気が伝わってくる、ほほえましい紹介文だと思います。
2021年12月の時点では、少なくとも公には彼女がいない状態で紹介されていたことになります。
ただ、これは5年近く前の話なので、今の交際状況を示すものではありません。
「21年に結婚」と出る検索結果は別の選手の話
森田駿哉さんの結婚を調べると、ちょっとドキッとする文が目に入るかもしれません。
検索結果に、森田駿哉さんの活躍を取り上げた2026年9月2日の記事が出てきて、その説明文に「21年に結婚、今年3月のWBCにも選出『離婚に至った経緯や…』」と表示されることがあるんです。
これを見ると「え、森田駿哉さんって結婚して離婚してたの!?」と思ってしまいますよね。
でも記事を開いてみると、これは森田駿哉さんの話ではありません。
記事の最後に並んでいる関連記事のリンクに、別の球団の選手の離婚報告の記事があり、その見出しが検索結果の説明文に拾われていただけでした。
記事本文は、森田駿哉さんの好投と「遅咲き左腕」としての歩みを紹介する内容で、結婚には一切触れていません。
同じように、侍ジャパン選出を伝えるスポーツ紙の記事でも、検索結果に「結婚を控え家族との時間を優先」という文が出ることがありますが、これもページ内に並ぶ別の記事の見出しです。
検索結果に「結婚」や「離婚」の文字が出ても、それは森田駿哉さん本人の話ではありません。
もしかすると、こうした表示を見て「森田駿哉 結婚」と検索した方もいるのかもしれませんね。
好きなドラマはドロドロの韓国の恋愛もの
恋愛についての本人の言葉で、ひとつ面白いものがあります。
2023年12月の毎日新聞の記事で、当時Honda鈴鹿の5年目だった森田駿哉さんは、韓国ドラマが好きだと話していました。
特に好きなのは恋愛系で、理由は「ドロドロしていて、日本のドラマよりも展開が読めないから」だそうです。
さらに「予想通りに物事が進んでいくなんてことは、人生であまりないですよね」とも続けています。
この言葉、森田駿哉さん自身の野球人生と重ねているんですよね。
大学でのけが、2度のドラフト指名漏れ、そして26歳でのまさかの巨人2位指名と、本当に展開の読めない道を歩んできた人です。
ドラマの好みを聞かれて、自分の人生の話に着地するところに、人柄がにじんでいる気がします。
恋愛そのものについて本人が語った記事は見つかりませんでしたが、恋愛ドラマを楽しむ一面があるのは確かなようです。
プライベートはサウナ好き
プライベートの過ごし方で知られているのは、サウナです。
社会人時代にハマったそうで、2024年1月の入寮のときには愛用のサウナハットとサウナマットを持ち込んでいました。
どちらも巨人カラーのオレンジにそろえていて、「暇があればサウナに入っています」と話しています。
29歳で侍ジャパン最年長に選ばれた現在
結婚の話題とは別に、いま森田駿哉さんが注目されている理由も押さえておきますね。
2026年10月7日、侍ジャパンは11月の「ラグザス アジアプロ野球チャンピオンシップ2026」に向けたメンバー28人を発表しました。
井口資仁監督の初陣となる大会で、森田駿哉さんもそのメンバーに選ばれています。
この大会は24歳以下の選手が中心ですが、入団3年目以内なら年齢を問わず出場資格があります。
29歳の森田駿哉さんは、選ばれたメンバーの中で最年長です。
本人は「想像もしていないことなので、ありがたいなと思いますし、ジャイアンツの代表として行くので、しっかりと結果で示したい」とコメントしています。
高校時代の2014年のU18アジア選手権、Honda鈴鹿時代の2023年のアジア競技大会に続いて、プロでも日本代表に選ばれた形です。
大会は11月なので、実際にどの試合で投げるかは本番が近づいてから決まります。
結婚の話題よりも、侍ジャパン最年長としての注目が集まっているのが今の森田駿哉さんです。
森田駿哉の結婚を調べる人向けの関連情報
森田駿哉さんの結婚が気になる方は、彼女や家族、これまでの歩みも気になっているのではないでしょうか。
ここからは、一緒によく検索されている話題をまとめていきますね。
彼女の交際報道はこれまでにない
森田駿哉さんに彼女がいるという報道は、これまでに出ていません。
スポーツ紙や週刊誌での交際報道も、本人がSNSで交際を明かしたこともありません。
公に出ている恋愛関係の情報は、2021年12月の「彼女募集中」という紹介文くらいです。
それから5年近くたっているので、今どうなっているかは分かりません。
29歳という年齢を考えると、交際している相手がいても不思議ではありませんが、少なくとも公にはなっていないということですね。
3歳年下の弟がドラフト指名を一番喜んだ
森田駿哉さんには、3歳年下の弟さんがいます。
2023年10月、巨人からドラフト2位で指名されたあと、森田駿哉さんは10人ほどに電話で報告したそうです。
その中で一番喜んでくれたのが3歳年下の弟さんで、「自分より興奮していた」と笑って話していました。
届いた祝福のLINEは、およそ400通にのぼったそうです。
指名漏れを何度も経験してきたお兄さんを近くで見てきたからこそ、弟さんの喜びも大きかったのかもしれませんね。
……なんか、いいですよね、こういう兄弟の話。
弟さんの名前や職業は公表されていません。
実家は富山市、雪道を歩いた高校時代
森田駿哉さんの実家は、富山県富山市にあります。
生まれは1997年2月11日で、富山市で育ちました。
小学2年生のときに光陽小で野球を始め、南部中時代は富山ボーイズでプレーしています。
高校は地元の富山商業高校で、実家から自転車で通っていました。
ただ富山市は雪の多い地域で、ときには50センチを超える積雪になります。
冬は長靴を履いて、雪道を約40分歩いて登下校していたそうです。
この話を知ると、あの粘り強い投球の土台が少し見えた気がします。
実家の住所や、ご両親の職業は公表されていません。
富山商業高校では甲子園で16強
富山商業高校では1年秋からベンチ入りし、3年夏にはエースとして甲子園に出場しました。
初戦の日大鶴ヶ丘戦で完封勝利、2回戦の関西戦でも1失点完投と勝ち進み、ベスト16まで進んでいます。
その年の秋にはU18アジア選手権の日本代表に選ばれ、決勝の韓国戦で先発しました。
このとき一緒にプレーした岡本和真さんや岸田行倫さんとは、のちに巨人でチームメイトになっています。
大学は法政大学で左肘の手術を経験
高校卒業後、森田駿哉さんは法政大学に進みました。
1年春からリーグ戦で投げましたが、その後に左肘を痛め、2年冬に手術を受けて長い離脱を経験しています。
4年春に復帰したものの、大学通算の勝ち星は1勝にとどまりました。
甲子園で注目された左腕にとって、これはかなりつらい4年間だったと思います。
大学時代はけがに苦しみ、思うような結果を残せない時期でした。
指名漏れは大学と社会人で経験
森田駿哉さんは、プロ入りまでに何度もドラフト指名漏れを経験しています。
| 時期 | 所属 | 結果 |
|---|---|---|
| 2018年秋 | 法政大学4年 | プロ志望届を出したが指名なし |
| 2020年秋 | Honda鈴鹿2年目 | ドラフト解禁の年だが指名なし |
| 2021年秋 | Honda鈴鹿3年目 | 指名なし |
| 2023年秋 | Honda鈴鹿5年目 | 巨人から2位指名 |
大学4年の2018年にはプロ志望届を出しましたが、名前は呼ばれませんでした。
Honda鈴鹿に入ってからも、ドラフト解禁となった2年目、さらに3年目の秋にも指名はありませんでした。
本人は「指名漏れしてからは、このチームでどう勝つかだったりを考えてきた」と話しています。
転機になったのは2023年夏の都市対抗大会です。
トヨタ自動車の補強選手として出場し、前回王者のENEOS戦に先発して勝利投手になるなど、チームの優勝に貢献しました。
その年の10月、巨人から2位で指名を受けます。
27歳を迎えるシーズンでのドラフト指名は、巨人の球団史上最年長でした。
指名直後には「まさかこんなにいい順位で呼ばれるとは」と驚いていたそうです。
3度の指名漏れを経て、社会人5年目でつかんだプロ入りでした。
一軍デビューは2025年、2026年は救援で活躍
プロに入ってからも、すぐに順調だったわけではありません。
1年目の2024年は春季キャンプを一軍で迎えたものの、2月に左肘の炎症で離脱し、4月に左肘のクリーニング手術を受けました。
一軍のマウンドに初めて立ったのは、2年目の2025年7月31日の中日戦です。
8月6日のヤクルト戦ではプロ初先発で6回無失点に抑え、プロ初勝利を挙げました。
2025年は9試合に登板して3勝4敗、防御率3.58という成績でした。
3年目の2026年は救援に回り、7月20日の広島戦でプロ初ホールドを記録しています。
8月は13試合に投げて無失点、9月2日の時点で16試合連続無失点と、ブルペンに欠かせない存在になりました。
背番号は47で、2026年の推定年俸は1500万円です。
遠回りを重ねた左腕が、3年目でようやく一軍に定着したシーズンでした。
森田駿哉の結婚のまとめ
- 森田駿哉の結婚は2026年10月9日時点で発表されていない
- 巨人からの発表も、本人のSNSでの報告も見当たらない
- 2025年8月のサンスポのプロフィール欄には「独身」と書かれていた
- 2021年12月のトヨタイムズの選手紹介では「彼女募集中」と紹介された
- 検索結果に出る「21年に結婚」は別の選手の記事の見出しで本人の話ではない
- 彼女との交際の報道はこれまでに出ていない
- 好きなドラマは展開の読めないドロドロの韓国の恋愛もの
- 趣味はサウナで、サウナハットとマットは巨人カラーのオレンジ
- 3歳年下の弟がドラフト指名を「自分より興奮していた」ほど喜んだ
- 実家は富山県富山市で、高校時代は雪道を約40分歩いて登下校した
- 富山商業高校のエースとして甲子園16強、U18日本代表にも選ばれた
- 法政大学では左肘を手術し、大学通算1勝に終わった
- 大学と社会人で3度の指名漏れを経て、2023年に巨人2位で入団した
- 2026年は救援で活躍し、16試合連続無失点を記録した
- 2026年10月、29歳で侍ジャパン最年長としてメンバーに選ばれた

