中国・四川省で生まれ、レースクイーンから競馬予想まで活躍の場を広げている熊江琉衣さん。
そんな熊江さんの結婚については、実は発表らしい発表が一度も出ていないんです。
唯一出回った交際の噂の中身から、本人が語った理想の相手の条件まで、順番に整理していきますね。
・熊江琉衣の結婚や入籍の発表があるのかどうか
・唯一出回った青年実業家との交際の噂がどこまで確かなのか
・本人が対談で語った理想の相手の条件と現在の活動
熊江琉衣の結婚は発表なし!独身のまま活動を続けている
熊江琉衣さんの結婚について、まず結論からお伝えしますね。
ここでは入籍の発表があったのか、彼氏の噂はどこまで確かなのかを、順番に整理していきます。
結婚や入籍の発表は見当たらない
熊江琉衣さんが結婚したという発表は、2026年8月の時点で確認できません。
所属事務所からのリリースも、本人のSNSでの報告も出ていない状態です。
つまり、熊江琉衣さんは結婚を公表しておらず、独身とみられる状態が続いています。
熊江さんはWikipediaにも項目があり、レースクイーンデビューから現在までの経歴がかなり細かく載っている人です。
そこにも配偶者に関する記述はありません。
芸能人の結婚は、たいてい本人のSNSか事務所発表で世に出ます。
熊江さんの場合、どちらのルートでも情報が出ていないんですよね。
もうひとつ、検索する側の動きにもヒントがあります。
Googleのサジェストを見ると、現在の表記である「熊江琉衣」では結婚という候補が出てきません。
一方で、2019年まで使っていた旧表記の「熊江琉唯」では結婚が第1候補として出てきます。
つまり、結婚を気にして検索していた人が多かったのは、旧表記で活動していた時期だったということになります。
彼氏として噂されたのは日本人の青年実業家
熊江琉衣さんの恋愛で、はっきりとした形で出回ったことがあるのは1件だけです。
日本人の青年実業家と交際しているのではないか、という噂ですね。
ただ、この話を紹介していたまとめ記事自身が、噂どまりで証拠は出てこなかったと書いています。
相手の名前も、時期も、目撃情報も出ていません。
熱愛スクープとして写真週刊誌が報じたわけでもなく、本人が認めたわけでもない、という位置づけです。
正直、ここは期待して読みに来た人には物足りない結果かもしれません。
ただ、根拠のない話を確定情報のように扱ってしまうのが一番よくないので、あくまで噂の域を出ないものとして押さえておくのが正確だと思います。
熊江琉衣さんについて、交際が確認された相手はこれまで一人もいません。
高校卒業まで交際を父に禁じられていた
恋愛の話でよく取り上げられるのが、学生時代の家庭のルールです。
熊江琉衣さんは父親が厳しく、高校を卒業するまで交際を禁じられていたと紹介されています。
この話は1つの媒体でしか確認できなかったので、確定した事実というより、そういうエピソードが語られているという扱いになります。
……ただ、これが本当だとすると、けっこう納得できる部分もあるんですよね。
熊江さんがレースクイーンでデビューしたのは2015年、20歳のときです。
そこから日テレジェニック、お天気キャスター、水着イメージガールと一気に仕事が増えていきました。
恋愛が解禁される時期と、仕事が忙しくなる時期がほぼ重なっているわけです。
交際の噂がここまで少ない理由の一つは、このあたりにあるのかもしれません。
もちろんこれは時系列から考えた推測なので、そのまま事実として受け取らないでくださいね。
理想の相手は激辛料理を喜んで食べる人
結婚相手そのものの情報はありませんが、本人が語った理想の相手なら記録が残っています。
テリー伊藤さんとの対談でのやり取りですね。
テリーさんから「こんな琉唯さんとつきあうためには、相当力がある男じゃないと無理だろうな」と振られた熊江さんは、こう返しています。
「そんなことないですよ!私の作る激辛料理を喜んで食べてくれる人ならオッケーなので」
……なんか、いいですよね、この返し方。
熊江さんは中国・四川省の出身です。
四川といえば、麻婆豆腐に代表される激辛料理の本場ですよね。
つまりこの一言は、単なる好みの話ではなく、自分の育った文化ごと受け入れてくれるかどうかを見ている、という意味に読めます。
条件としてはハードルが低いように聞こえて、実はかなり本質的なところを言っているんですよ。
熊江琉衣さんが相手に求めているのは、肩書きや経済力ではなく、四川で育った自分を面白がってくれることのようです。
2026年も競馬予想とYouTubeで活動を続けている
結婚の話題が出てこないのは、単純に活動が途切れていないからでもあります。
熊江琉衣さんは今も現役で、しかも活動の幅を広げている最中です。
2019年6月に開設したYouTubeチャンネル「チャイナ娘くまちゃん」は、中国語学習をきっかけに始まり、そこから扱う話題を広げてきました。
さらに近年の主戦場になっているのが競馬です。
集英社のweb Sportivaでは競馬予想の連載を持っていて、2023年11月のマイルチャンピオンシップから、2026年6月の宝塚記念まで記事が並んでいます。
3年近くにわたってG1のたびに予想を書き続けていることになりますね。
モデルやグラビアの枠を超えて、専門メディアで書き手として起用され続けているというのは、なかなかできることではありません。
大井競馬の公式番組「ウマきゅん」にレギュラー出演
競馬関連の仕事はメディア連載だけではありません。
大井競馬の公式YouTube生配信番組「ウマきゅん」にレギュラーとして出演しています。
生配信のレギュラーは、その場で言葉を組み立てられないと務まらない仕事です。
競馬という専門ジャンルで、書く仕事と話す仕事の両方を任されているのが、いまの熊江琉衣さんの立ち位置です。
熊江琉衣の結婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、熊江琉衣さんについて一緒に検索されることが多いテーマをまとめていきます。
学歴や家族、中国名、これまでの経歴まで、気になるところを順に見ていきましょう。
大学は経営学部で2018年3月に卒業
熊江琉衣さんは高校時代にモデルの仕事を始め、大学入学と同時に本格的に活動をスタートさせました。
つまり、レースクイーンやグラビアで露出が増えていた時期は、まだ学生だったということになります。
大学については、2018年3月15日に卒業したことと、学部が経営学部であることまでが伝えられています。
ただし大学名そのものは公開されていません。
卒業式の写真は出回っているものの、そこから学校名を特定できるだけの材料はない状態です。
なお、学部と卒業日については情報源が1つしか確認できていないので、参考程度に見ておくのがよさそうです。
在学中から仕事をこなしながら、4年で卒業までたどり着いているのは素直にすごいと思います。
父親と母親の国籍には複数の説がある
家族の話になると、少しややこしくなります。
熊江琉衣さんの両親の国籍については、媒体によって書いていることが違うんですよ。
| 情報源 | 父親 | 母親 |
|---|---|---|
| Wikipedia・中国系YouTuber紹介サイト | 中国籍(のちに一家で帰化) | 中国籍(のちに一家で帰化) |
| 個人まとめサイト複数 | 日本人(貿易会社勤務) | 中国人 |
Wikipediaと中国系YouTuberを紹介するサイトは、両親ともに中国籍で、家族そろって日本に帰化したという書き方をしています。
一方、個人のまとめサイトでは父親が日本人で母親が中国人、つまり本人はハーフだという説明が目立ちます。
現時点でどちらが正しいかを確定させる材料はありません。
本人が家族構成を細かく語っている場ではないので、ここは断定せずに置いておくのが誠実だと思います。
ちなみに苗字の「熊江」については、帰化するときに父親が決めたものだと紹介されています。
つまり熊江という姓は、日本で生きていくために家族が選び取った名前だということですね。
中国名は鄒璐怡で四川省の出身
熊江琉衣さんは、中華人民共和国の四川省で生まれています。
小学校3年生ごろまでを四川で過ごし、その後に来日しました。
YouTubeチャンネルの説明でも、9歳で日本に来たことが紹介されています。
そして帰化する前の本名として伝えられているのが「鄒璐怡」という名前です。
帰化したのは18歳のときで、両親と一緒だったとされています。
この帰化前の名前はWikipediaにしか記載が見当たらなかったので、単独の情報として押さえておいてください。
中国語と日本語のどちらも使えることは、後の仕事にそのまま生きています。
YouTubeで中国語学習の話題から始めたのも、この生い立ちがあってこそですよね。
四川で生まれ、9歳で来日し、18歳で日本国籍になった。この経歴そのものが、いまの活動の土台になっています。
レースクイーンから始まった経歴
熊江琉衣さんのキャリアは、2015年のレースクイーンデビューから動き出します。
そこからの数年は、かなりのスピードで仕事が積み上がっていきました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2015年 | レースクイーンとしてデビュー/日テレジェニック2015に選出 |
| 2016年 | 日本テレビ「PON!」でお天気キャスター・リポーターを担当 |
| 2017年 | 三愛水着楽園イメージガールに就任 |
| 2018年 | 3月に大学を卒業 |
| 2019年 | 事務所移籍にともない表記を変更/YouTubeチャンネルを開設 |
デビューからわずか2年で三愛水着楽園のイメージガールに選ばれているのは、かなり早い出世だと思います。
三愛の水着イメージガールは歴代に有名タレントが並ぶ枠なので、ここに入るかどうかは一つの分かれ目なんですよね。
表紙モデルやランウェイでも活躍
雑誌の仕事にも継続的な枠を持っていました。
月刊ランナーズでは2018年1月号から2019年12月号まで、2年間にわたって年間表紙モデルを務めています。
こちらはWikipediaにのみ記載があった情報です。
またファッションショーへの出演も多く、東京ガールズコレクション’17 S/Sやガールズアワードのランウェイを歩いています。
身長は172センチとされていて、ランウェイに立つモデルとしての条件をしっかり満たしていますね。
競馬予想で見せる的中の実績
いまの熊江琉衣さんを語るうえで外せないのが競馬です。
もともと趣味として競馬鑑賞を挙げていた人が、仕事として予想を書く側に回ったという流れになります。
web Sportivaの連載では、2025年春のシーズンに大阪杯・桜花賞・皐月賞と的中を重ねたことが紹介されました。
記事の中では「美人勝負師」という呼ばれ方までしています。
連載のラインナップを見ると、有馬記念、ジャパンカップ、菊花賞、秋華賞、オークス、日本ダービー、宝塚記念と、主要なG1をほぼ網羅しているんですよ。
趣味の延長で呼ばれた一度きりのゲストではなく、シーズンを通して任される書き手になっているということです。
モデル業から入って、いまや競馬メディアの常連。この振れ幅が熊江琉衣さんの面白さだと思います。
事務所の移籍で表記が熊江琉唯から変わった
検索していて混乱しやすいのが、名前の表記が2種類あることです。
デビュー当初の表記は「熊江琉唯」でした。
これが2019年、所属事務所の変更にあわせて現在の「熊江琉衣」に変わっています。
読み方はどちらも「くまえ るい」で変わりません。
変わったのは最後の一文字だけです。
ネット上の記事は書かれた時期によって表記が分かれているので、古い情報を探すときは旧表記の「熊江琉唯」で調べたほうが見つかりやすいですよ。
先ほど触れたサジェストの話も同じ理由ですね。
結婚に関する検索が旧表記のほうに残っているのは、そのころの記事が多く書かれたからだと考えられます。
名前の変更は結婚によるものではなく、事務所移籍にともなう表記の変更です。
熊江琉衣の結婚のまとめ
- 熊江琉衣の結婚や入籍の発表は確認できない
- 事務所リリース・本人SNSのいずれにも報告がない
- Wikipediaの項目にも配偶者に関する記述はない
- 交際が確認された相手はこれまで一人もいない
- 唯一出回ったのは日本人の青年実業家との交際という噂
- その噂も紹介した記事自身が証拠なしとしている
- 高校卒業まで父に交際を禁じられていたとされる
- 恋愛が解禁される時期と仕事の増加時期が重なっている
- 理想の相手は自分の作る激辛料理を喜んで食べてくれる人
- 生まれは中国・四川省で9歳ごろに来日
- 18歳のときに両親とともに日本国籍へ帰化したとされる
- 帰化前の名前は鄒璐怡とされる
- 両親の国籍については媒体ごとに説が分かれている
- 2015年のレースクイーンデビューから活動を継続中
- 表記が熊江琉唯から熊江琉衣に変わったのは事務所移籍が理由

