北海道のラジオで50年以上しゃべり続けている河村通夫さん。
その河村さんについて「前妻」や「再婚相手」で調べる人が多いのは、番組でいつも隣にいる若杉佳子さんの存在が大きいようです。
実は若杉さん自身が、河村さんとの関係をはっきり言葉にしているんですよ。
・河村通夫さんの前妻について公表されていること・いないこと
・再婚相手と噂される若杉佳子さんと河村さんの本当の関係
・長女の樹里さんなど、確認できる河村家の家族
河村通夫の前妻について分かっていること
まずは一番気になる「前妻はどんな人なのか」から見ていきます。公式の情報と、検索されている理由をあわせて整理しました。
前妻の名前や別れた時期は公表されていない
いきなり結論になってしまいますが、河村通夫さんの前妻について、名前や結婚していた時期、別れた時期や理由を本人や放送局が公表したことはありません。
STVラジオの公式プロフィール、Wikipedia、北海道新聞の連載をもとにした経歴まで確認しましたが、前妻・離婚・再婚についての記述はどこにもありません。
ここ、気になって調べた方からすると拍子抜けですよね。
河村さんは1948年生まれで、ラジオでは人生相談や「男心女心」といった話題も扱ってきた人です。
それでも自分の結婚歴については、表に出す話題として扱ってこなかったことが分かります。
ネット上では、2000年代初めの匿名掲示板に前妻について触れた書き込みが残っている程度で、裏付けのある報道や本人の発言は見つかりませんでした。
つまり「前妻がいた」という話そのものも、公式には確認できないのが実態です。
公式プロフィールに残る配偶者の記載
では、河村さんの結婚について分かることはゼロなのかというと、手がかりはひとつあります。
Wikipediaの人物欄では、配偶者の項目が「あり」になっているんです。
ただし、相手の名前や結婚した年は書かれていません。
| 項目 | 公開されている内容 |
|---|---|
| 配偶者 | あり(氏名の記載なし) |
| 子ども | 長女・樹里さん |
| 前妻 | 記載なし |
| 再婚 | 記載なし |
「あり」とだけ書かれていて誰なのかが分からないので、ここから「今の奥さんは誰?」「前にも奥さんがいた?」と想像が広がっていったのかもしれません。
公式に確かめられるのは「配偶者がいる」という一点だけです。
家族で始めた栗沢町の開墾生活
河村さんの家族の話で、はっきり記録に残っているのが北海道の山での開墾生活です。
1980年に岩見沢市栗沢町(当時は栗沢町)美流渡の山林約20ヘクタールを手に入れ、1981年にはラジオ番組をすべて降りて、ススキノの店も後輩に譲りました。
そして家族で本格的に開墾を始めたと経歴に書かれています。
斧とノコギリで木を切り倒すところから
明治の開拓者と同じやり方を体験したいと、人力の斧やノコギリで木を切り倒すところからのスタートでした。
1年目に畑を作り、2年目は昔の開拓者が残した馬小屋を直して寝泊まりできるようにし、3年目から自分の手で家を建て始めています。
……テントや馬小屋暮らしに家族もついてきたと思うと、なかなかの覚悟ですよね。
1984年春に家族で山の家へ移住
理想にしたのは、ドラマ「大草原の小さな家」の家だったそうです。
1983年の晩秋、雪が降る前に屋根をかけ、冬のあいだに内装を仕上げて、1984年の春に家族で札幌から移り住みました。
ただ、このとき一緒にいた奥さんが今の配偶者と同じ人なのかどうかは、公開されている情報からは分かりません。
「家族で開墾した」という記録はあっても、奥さんの名前は一度も出てこないんです。
前妻が検索される背景には若杉佳子の存在
公表された情報がないのに、なぜ「前妻」や「再婚相手」で検索されるのか。
検索結果を見ると、その答えはほぼ一人の人物に集まっています。
STVラジオ「河村通夫の桃栗サンデー」や、全国ネットの「河村通夫の大自然まるかじりライフ」で一緒に出演している若杉佳子さんです。
Googleで「河村通夫 前妻」と調べると、上位に出てくるのは若杉さんのInstagramで、関連する質問にも「若杉佳子とは誰ですか?」が並びます。
番組で長年となりにいて、共著の本まで出していて、しかも河村家と一緒に暮らしている。
これだけそろうと、リスナーが「今の奥さんなのでは?」「だとしたら前の奥さんは?」と考えるのは自然な流れかなと思います。
2014年には、Yahoo!知恵袋に「若杉佳子さんはどのような経歴の方ですか」という質問が投稿されていて、4万回以上読まれています。
前妻が検索されるのは、若杉さんが妻なのかどうかをはっきりさせたい人が多いからだと考えられます。
若杉佳子は妻ではなく1996年からの弟子
では、若杉佳子さんは河村さんの再婚相手なのでしょうか。
これについては、若杉さん本人がSNSのプロフィールではっきり書いています。
Instagramでは「1996年から、河村通夫氏に師事し、家族と生活を共にしてきました」、X(旧Twitter)でも「一家と生活を共にしながら、有機野菜や庭づくり、料理など衣食住を学んできました」と紹介しているんです。
つまり若杉さんの立場は、1996年から河村さんに弟子入りし、河村家と同じ屋根の下で暮らしてきた人ということになります。
STVラジオの公式プロフィールも、河村さん・若杉さんのどちらのページにも、2人が夫婦だという記載はありません。
2024年のESSEonlineのインタビューでも、若杉さんは「ラジオ番組ではともにパーソナリティを務める」人として紹介されていました。
一緒に暮らしているから夫婦、と思ってしまいがちですが、実際は師匠と弟子という関係。
え、そうだったの!?って感じですよね。
若杉さんを再婚相手とする公式の情報はなく、本人は自分を「弟子」と位置づけています。
長女の喘息がきっかけの一つになった自然食
河村さんの家族の話で、もうひとつ印象的なのが長女とのエピソードです。
河村さんは1976年ごろから肩こりなどの体調不良に悩み、玄米や自然食を始めました。
すると自分の体調が上向いただけでなく、長女の喘息も自然食で良くなったそうです。
このことが、農薬を使わない野菜を育てるための広い畑を求め、山の開墾へ向かう流れにつながっていきました。
家族の体を思って暮らし方ごと変えてしまう……なんか、じんわりしますよね。
河村さんの自然流の暮らしは、家族の健康がひとつの出発点になっていたんです。
河村通夫の前妻を調べる人向けの関連情報
ここからは、前妻と一緒によく調べられている若杉佳子さんや娘さん、河村さんの現在について紹介します。
再婚相手と噂される若杉佳子のプロフィール
再婚相手ではないかと言われることの多い若杉佳子さんですが、実は経歴はあまり公開されていません。
STVラジオの公式プロフィールに載っているのは、次のような内容です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座・血液型 | ふたご座・A型 |
| 趣味 | 歌舞伎を見ること |
| 特技 | 漬けもの |
| 宝物 | まわりの人々 |
| 夢 | 元気なおばあちゃんになること |
| 出演番組 | 河村通夫の桃栗サンデー、河村通夫の大自然まるかじりライフ |
「大自然まるかじりライフ」には以前は隔週で出演していて、2020年3月からは毎週出演するようになりました。
2023年には、河村さんとの共著『毎日簡単!イラストおかず グラタン皿一枚でできる手間いらずレシピ』(講談社)を出版しています。
若杉さんはこの本のイラストを担当していて、もともとは番組スタッフ向けの資料として描き始めたものだったそうです。
夢が「元気なおばあちゃんになること」というのも、なんだか人柄が伝わってきて好きなんですよね。
公開されている若杉さんの情報は、ラジオとレシピの仕事に関するものがほとんどです。
娘・樹里は父を師とする長女
河村さんの子どもとして名前が確認できるのが、長女の清田樹里(せいた じゅり)さんです。
北海道生まれで、大学を卒業したあと父の河村さんを師として、岩見沢市郊外で農作物を育てたり庭づくりをしたりしてきました。
河村さんとコラボしている森産業の「らくらく園芸」動画では、樹里さんの園芸講座も公開されています。
「大自然まるかじりライフ」にも過去に出演していて、STVラジオの番組ページ「河村さんちのガーデン日記」では、樹里さんが撮った庭の写真が紹介されていました。
STVの公式プロフィールには、山の家の暮らしを伝える動画で「樹里と若杉佳子の掛け合いも見もの」とあり、2人がそろって出演していたことも分かります。
樹里さんは、父の自然流の暮らしをそのまま受け継いでいる長女です。
北海道の山の家と京都の家を行き来する暮らし
河村さんは60歳のころから、北海道の山の家と、京都・哲学の道の家を行き来する生活をしています。
京都は、河村さんが幼少期から高校まで過ごした地元です。
2005年ごろからは、京都・西陣にある大正時代の町家(延べ約100坪)と土蔵の修復にも取りかかりました。
当時の建具やガラス、照明器具まで探し集めて、昔の技法どおりに直していったそうです。
この修復を一緒に進めたのが弟子の娘婿で、町家は京都市の景観重要建造物に指定されています。
北海道と京都の2つの家を拠点に、家族や弟子と一緒に暮らしを作ってきたことが分かります。
現在も続くラジオと江戸絵皿の研究
2026年現在、河村さんは78歳。
いまもSTVラジオ「河村通夫の桃栗サンデー」と、全国ネットの「河村通夫の大自然まるかじりライフ」を担当しています。
「桃栗サンデー」は前身の番組から数えて40年以上、「大自然まるかじりライフ」も1986年から続く長寿番組です。
2023年2月には、STVラジオで特別番組「河村通夫 STVラジオ50年 心からありがとう」も放送されました。
50歳を過ぎてから始めた江戸絵皿の研究も続けていて、2020年の『江戸絵皿絵解き事典』(講談社)は8刷まで増刷。
2024年からは淡交社で「北斎時代の『絵手本』で『絵皿』を解く」シリーズ全3巻を出し、2024年12月には『北斎漫画を謎解く江戸絵皿事典』も出版しています。
70代後半でこの仕事量……正直、驚きました。
結婚の話は表に出さないまま、ラジオと研究の両方でいまも第一線にいる人です。
学歴は京都府立鴨沂高校
河村さんの最終学歴として分かっているのは、京都府立鴨沂高等学校です。
高校では能狂言クラブに入り、その後は新聞局(新聞部)で局長を務め、アメリカ民謡同好会を作ってフォークソングにのめり込みました。
父や高校の先生から「国家から離れ、在野で生きる方がいい」と言われたことで生き方に悩み、高校3年の夏休みに北海道へ旅に出ます。
札幌の割烹「新星」で皿洗いのアルバイトをしていたところ、経営者の中山喜治雄さんに見込まれて弟子入りし、そのまま北海道に根を張ることになりました。
割烹で料理から経営まで3年あまり学んだあと、1969年、21歳でフォークのライブハウス「パフ」を開いています。
河村さん自身も、若いころに師匠のもとで暮らしながら学んだ人なんです。
河村通夫の前妻のまとめ
- 河村通夫の前妻の名前・結婚時期・別れた時期は公表されていない
- STV公式プロフィールやWikipediaにも前妻・離婚・再婚の記述はない
- 前妻の話は匿名掲示板の書き込み程度で、裏付けのある情報はない
- Wikipediaの人物欄では配偶者「あり」だが、相手の名前は非公表
- 1981年から家族で栗沢町の山を開墾し、1984年春に家族で移住
- 開墾当時の奥さんと現在の配偶者が同じ人かは分からない
- 前妻が検索される背景には、番組で共演する若杉佳子の存在があるとみられる
- 若杉佳子は1996年から河村に師事し、一家と生活を共にしてきた弟子
- 若杉佳子を妻・再婚相手とする公式の記載はない
- 若杉佳子は2023年の共著レシピ本でイラストを担当
- 長女は清田樹里で、父を師として岩見沢郊外で農業と庭づくり
- 長女の喘息が自然食で改善したことも、自然流の暮らしの出発点の一つ
- 北海道の山の家と京都・哲学の道の家を行き来して暮らす
- 2026年現在も「桃栗サンデー」「大自然まるかじりライフ」を担当
- 学歴は京都府立鴨沂高校で、高校卒業後は北海道の割烹で修業

