福王寺一彦の再婚相手は日本画家の福王寺みどりこ!元妻・福王寺朱美と離婚した時期とは?

福王寺一彦の再婚相手は日本画家の福王寺みどりこ!元妻・福王寺朱美と離婚した時期とは?

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日本芸術院会員の日本画家・福王寺一彦さんは、実は再婚しています。

いまの奥さんは、同じ日本美術院で院展に出品を続ける日本画家の福王寺みどりこさんです。

元妻はジュエリーブランド「アーカー」の創業者・福王寺朱美さんで、離婚の時期には本人の言葉から読み取れる手がかりがあるんです。

この記事を読むとわかること
・福王寺一彦さんの再婚相手・福王寺みどりこさんの画家としての経歴
・元妻・福王寺朱美さんと離婚した時期の手がかりとアーカー創業の関係
・夫婦で開いた二人展や、娘・彩野さんを含む福王寺家の家族

福王寺一彦の再婚相手は日本画家の福王寺みどりこ

福王寺一彦さんの再婚相手は、同じ日本画の道を歩む画家の福王寺みどりこさんです。

ここでは、みどりこさんの人物像から元妻・朱美さんとの離婚、娘の彩野さんまで、再婚にまつわる話を順番に見ていきますね。

再婚相手の福王寺みどりこはどんな画家?

福王寺一彦さんの今の奥さんは、日本画家の福王寺みどりこさんです。

2019年6月に地元紙の米沢日報デジタルが、みどりこさんを「一彦氏夫人」と紹介しています。

さらに2021年8月には、阪急うめだ本店が公開したインタビュー動画の説明文でも、一彦さんが「妻・みどりこ先生の作品」について話したと書かれていました。

複数の媒体が夫人・妻とはっきり書いているので、再婚相手がみどりこさんであることは間違いなさそうです。

みどりこさんは趣味で絵を描いている方ではなく、院展で賞を重ねてきた現役の日本画家なんですよ。

福王寺みどりこの画歴

福王寺家の公式ホームページには、一彦さん・父の法林さんと並んで、みどりこさんの略歴と作品集が掲載されています。

主な歩みを表にまとめました。

年 出来事
1984年(昭和59年) 日本画家・村田瑞枝さんに師事
1994年(平成6年) 福王寺法林さん・一彦さんに師事
1995年(平成7年) 第80回院展に「静謐」で初入選
1996年(平成8年) 春の院展に「叢生の向こう」で初入選
1997年(平成9年) 院友に推挙
2003年(平成15年) 第88回院展「朝まだき」で奨励賞
2005年〜2009年 春の院展・院展で奨励賞を重ねる
2008年(平成20年) 第93回院展「ひぐらしの里」奨励賞、日本美術院特待に推挙
2012年(平成24年) 第30回上野の森美術館大賞展「白明の水辺」で優秀賞

2004年には、院展で奨励賞を取った「朝まだき」が文化庁の現代美術選抜展に選ばれて出品されています。

現在の肩書は日本美術院特待です。

作品のタイトルを見ると「原生林」「草いきれ」「木の葉舞い散る」「ひぐらしの里」と、草木や森など自然をテーマにしたものが多いですね。

自然を描き続けてきた一彦さんとは、画題の上でも通じ合うものがある夫婦だと感じます。

つまり一彦さんの再婚相手は、20年以上院展で実績を積み上げてきた本格派の日本画家ということです。

妻みどりことの出会いは師弟関係から?

一彦さんとみどりこさんの馴れ初めは、本人たちの口から語られた記録が見当たりません。

ただ、手がかりになる事実が公式の略歴に書かれています。

それが、みどりこさんが1994年に福王寺法林・一彦の父子に師事したという一行です。

つまり二人は、まず師匠と弟子として出会っていることになります。

みどりこさんはその前の1984年から村田瑞枝さんのもとで日本画を学んでいて、10年ほど画業を積んだあとに福王寺家の門をたたいた形です。

そして師事した翌年の1995年には、院展に初入選しています。

同じ院展を舞台に、同じ岩絵具で自然を描く。

そんな日々のなかで距離が縮まっていったのかな、と想像してしまいますよね。

とはいえ、ここは時系列から考えた推測です。

いつから夫婦として歩み始めたのか、どちらから気持ちを伝えたのかといった具体的なエピソードは公表されていません。

確かなのは、二人の関係が1994年の師弟関係から始まっているという点です。

再婚した時期は公表されていない

気になる再婚の時期ですが、一彦さん側から入籍の発表や報道が出た記録は見当たりません。

日本画の世界の方なので、芸能人のように結婚を公表する習慣がないのも自然ですよね。

そこで、公開されている資料から分かる範囲を整理してみました。

時期 分かっていること 出典
1980年〜1996年 朱美さんが宝石鑑定士をしながら一彦さんのマネジメントを担当 FASHIONSNAP・WWD
1994年 みどりこさんが法林さん・一彦さんに師事 公式ホームページ
1997年 朱美さんがアーカーを創業 WWD・VERY NaVY
2018年 WWDが一彦さんを朱美さんの「元夫」と紹介 WWD
2019年6月 米沢日報がみどりこさんを「一彦氏夫人」と紹介 米沢日報デジタル
2021年8月 阪急の動画説明文に「妻・みどりこ先生」 阪急うめだ本店

表から言えるのは、遅くとも2019年にはみどりこさんが夫人として紹介されていたということです。

朱美さんとの離婚のあと、どのタイミングで再婚したのかは、この資料からは絞り込めませんでした。

「福王寺一彦 再婚相手」と検索する人が多いのは、この時期がどこにも書かれていないからかもしれません。

再婚の年は非公表で、確認できるのは2019年時点ですでに夫婦だったという事実までです。

夫婦で開いた二人展と三人展

一彦さんとみどりこさんは、画家夫婦として展覧会を一緒に開いています。

夫婦の仲の良さがいちばん伝わってくるのが、この展覧会の記録なんです。

よねざわ市民ギャラリーでの国内初の二人展

2019年6月19日から30日まで、山形県米沢市のよねざわ市民ギャラリーで「日本画家 福王寺一彦・福王寺みどりこの世界」展が開かれました。

米沢は父・法林さんの故郷で、福王寺家にとってゆかりの深い土地です。

展示されたのは一彦さんの作品24点、みどりこさんの作品17点で、いちばん大きな作品は高さ2メートル43センチ、横4メートル86センチもあったそうです。

米沢日報は、第一線で活躍する院展作家の国内初の二人展だと伝えています。

初日には一彦さんが米沢市上杉博物館へ近作「三日月」を贈呈し、ギャラリートークとライブペインティングも行いました。

同じ時期、上杉博物館では生誕100年の「福王寺法林」展も開かれていて、親子と夫婦の作品が同じ街に並んだことになります。

……なんか、いいですよね、こういう形の夫婦の記念の残し方。

阪急うめだギャラリーでの親子・夫婦の三人展

2021年9月8日から20日には、大阪の阪急うめだギャラリーで「ー自然へのまなざしー 福王寺法林・一彦・みどりこ展」が開催されました。

亡き父の法林さん、一彦さん、みどりこさんの3人の作品を並べた展示です。

告知用のインタビュー動画で、一彦さんは香川県櫃石島や米沢のアトリエとの出会い、父・法林さんのこと、そして妻・みどりこさんの作品について話しています。

自分の作品だけでなく、奥さんの作品についても人前で語っているところに、画家同士としての信頼が感じられます。

二人は夫婦であると同時に、展覧会を共にする画家仲間でもあるということです。

元妻は宝石鑑定士の福王寺朱美

一彦さんの最初の妻は、ジュエリーブランド「アーカー(AHKAH)」の創業者・福王寺朱美さんです。

2018年のWWDの記事は、一彦さんを朱美さんの「元夫」と紹介しています。

朱美さんは1955年生まれで、一彦さんと同い年です。

宝石商の父を持ち、米国宝石学会で宝石鑑別士とダイヤモンド鑑定士の資格を取得しています。

一彦を支えたマネジメントの16年

朱美さんは1980年から1996年まで、宝石鑑定士の仕事を続けながら一彦さんのマネジメントと門下生の育成を担っていました。

一彦さんが院展で日本美術院賞・大観賞を取った1987年・1988年や、文部大臣賞を受けた1996年は、ちょうどこの時期に重なります。

若手画家として頭角を現していく一彦さんを、朱美さんが裏方で支えていた時期と言えそうです。

その後、朱美さんは1997年にアーカーを創業し、ブランドは2017年末にTASAKIの連結子会社になりました。

2021年には美術家としてデビューし、2026年1月には新ブランド「THAR」を立ち上げています。

離婚後も続く仕事のつながり

意外なのは、離婚したあとも仕事のつながりが切れていないことです。

朱美さんは2018年7月に芸術活動を支援する会社「フィルージュ」を設立し、その第1弾企画として一彦さんの個展を開いています。

会場は表参道ヒルズのスペース オーで、会期は2018年11月23日から12月2日でした。

これには正直、驚きました。

元夫婦でありながら、画家とプロデューサーという形で協力関係が続いているのが一彦さんと朱美さんの関係です。

朱美との離婚とアーカー創業の時期

一彦さんと朱美さんがいつ離婚したのか、正確な年月日は公表されていません。

ただ、朱美さん本人のインタビューに大きな手がかりがあります。

2026年4月に公開されたVERY NaVYの対談で、朱美さんは急に離婚しなければならない状況になったと話しています。

そして、そのつらい気持ちを前向きに変えるきっかけとして、アーカーを始めたのだそうです。

この対談では離婚した相手の名前は出していません。

とはいえ、朱美さんがマネジメントを離れたのが1996年、アーカーを創業したのが1997年です。

時系列を並べると、一彦さんとの離婚は1996年から1997年ごろだった可能性が高いと私は考えています。

40歳前後で、それまで支えてきた家庭と仕事の形が一度に変わったわけですから……想像するだけで胸が締め付けられます。

離婚の理由については、本人たちからの説明は見当たりませんでした。

なお、2018年のWWDの記事をLINE NEWSに配信した見出しでは「福王寺朱美の夫」と書かれていますが、WWD本体の記事は「元夫」と書いています。

離婚の年は非公表ですが、朱美さんの言葉と経歴を重ねると、アーカー創業の直前が一つの目安になります。

子どもは朱美との間に生まれた娘の彩野

一彦さんの子どもとして知られているのは、娘の福王寺彩野さんです。

彩野さんは朱美さんとの間に生まれた娘で、アーカーの取締役とデザイナーを務めてきました。

生年月日は1981年10月31日と紹介されていて、成城大学文芸学部芸術学科の出身です。

2010年11月30日には、彩野さんが自身のブログで、父・一彦さんが日本芸術院会員に選ばれたことを報告しています。

「パパが!!!」というタイトルからも、うれしさがまっすぐ伝わってきますよね。

彩野さんの夫は元関西ジャニーズJr.の魚谷輝明さんと紹介されていて、その魚谷さんもInstagramで一彦さんを「義父」と呼んでいます。

彩野さんには息子さんがいて、一彦さんにとっては孫にあたります。

一方で、みどりこさんとの間に子どもがいるかどうかは公表されていません。

公に知られている一彦さんの子どもは、朱美さんとの娘・彩野さんということです。

福王寺一彦の再婚を調べる人向けの関連情報

ここからは、福王寺一彦さんの再婚とあわせてよく調べられている、父・法林さんのことや家族、現在の活動についてまとめます。

父・福王寺法林の次男としての歩み

福王寺一彦さんは、文化勲章を受章した日本画の巨匠・福王寺法林さんの次男です。

1955年4月3日、東京都三鷹市で生まれました。

法林さんは1920年に山形県米沢市で生まれ、ヒマラヤを連作で描き続けたことで知られる画家で、2012年2月21日に亡くなっています。

一彦さんは1968年に三鷹市立高山小学校を卒業すると同時に、父の法林さんに師事しました。

年 一彦さんの主な歩み
1974年 成城学園高等学校を卒業
1978年 第63回院展「追母影」で初入選
1987年・1988年 院展で日本美術院賞・大観賞
1996年 第81回院展「螢 二」で文部大臣賞
1998年 第83回院展「月の輝く夜に」で内閣総理大臣賞
2001年 日本芸術院賞を日本画部門の史上最年少で受賞
2010年 日本芸術院会員に
2017年 ルーブル美術館での国民美術協会展で最優秀賞と審査員特別賞

現在は日本美術院同人、日本美術家連盟理事、日本美術著作権協会の会長も務めています。

父から受け継いだ青の色彩を土台に、親子二代で院展の頂点に立った画家というわけです。

法林から孫まで続く福王寺家の家族

福王寺家は、画家とものづくりの人が続く家族です。

分かっている範囲で家族構成を整理しました。

続柄 名前 主な肩書
父 福王寺法林さん 日本画家・文化勲章受章者(2012年死去)
母 愛子さん 1948年に法林さんと結婚
妻 福王寺みどりこさん 日本画家・日本美術院特待
元妻 福王寺朱美さん アーカー創業者・美術家
娘 福王寺彩野さん アーカーの取締役・デザイナー
孫 彩野さんの息子さん 一般の方

法林さんの年譜によると、法林さんは米沢に復員した2年後の1948年12月3日に渡部愛子さんと結婚しています。

愛子さんは、渡されたパーマ代まで法林さんの絵具代に回して夫を応援した人だと伝えられています。

一彦さんには兄もいて、1962年ごろの自宅新築の写真には、兄・一彦さん・母・法林さんが一緒に写っています。

彩野さんはInstagramで、法林さん・一彦さん・自分の「親子三代展」を夢として語っていました。

父から孫まで、4世代にわたって芸術に関わる一家というのが福王寺家です。

現在は高野山金剛峯寺へ襖絵を奉納

一彦さんは70代になった現在も、第一線で大きな仕事を続けています。

その代表が、世界遺産・高野山金剛峯寺への襖絵の奉納です。

弘法大師の生誕1250年にあわせた取り組みで、令和5年に「月星花」、令和6年に「草木、蝶と螢」の合計16面を新別殿に奉納しました。

襖絵は2024年3月から4月に香川県の坂出市民美術館、4月から5月に米沢のよねざわ市民ギャラリーで公開されています。

2026年3月には日本橋三越本店、8月には名古屋栄三越でも襖絵奉納記念の展覧会が開かれました。

制作の拠点は3か所あり、香川県坂出市櫃石島の「海のアトリエ」、米沢市南原の「山のアトリエ」、東京都調布市の「かにさわ・福王寺・夢・アート・フォレスト」を行き来しながら描いているそうです。

櫃石島では地元の人向けのアート講座も開いています。

再婚後の一彦さんは、妻・みどりこさんと同じ日本画の道を歩みながら、各地の拠点で制作を続けているということです。

福王寺一彦の再婚のまとめ

  • 福王寺一彦は1955年生まれの日本画家で、日本芸術院会員
  • 再婚相手は日本画家の福王寺みどりこ
  • 米沢日報は2019年にみどりこを「一彦氏夫人」と紹介
  • 阪急うめだ本店の2021年の動画でも「妻・みどりこ先生」と紹介
  • みどりこは1994年に法林・一彦に師事し、翌1995年に院展初入選
  • みどりこは2008年に日本美術院特待に推挙された
  • 二人の出会いは師弟関係からとみられるが、馴れ初めの詳細は非公表
  • 再婚した年は公表されていない
  • 2019年に米沢で国内初とされる夫婦の二人展を開いた
  • 2021年には法林・一彦・みどりこの三人展を大阪で開いた
  • 元妻はアーカー創業者で宝石鑑定士の福王寺朱美
  • 朱美は1980年から1996年まで一彦のマネジメントを担当
  • 離婚の年は非公表だが、1997年のアーカー創業前後が目安と考えられる
  • 離婚後も朱美の会社が2018年に一彦の個展を企画した
  • 公に知られている子どもは朱美との娘・福王寺彩野

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