フォーリーブスの江木俊夫さんの妻がどんな人なのか、気になって検索された方は多いのではないでしょうか。
結論から言うと奥さまは一般女性で、名前も顔写真も公表されていません。
ただ、1999年に江木さんが逮捕されたときに奥さまがかけた一言が残っていて、これがちょっと忘れられない言葉なんです。
・江木俊夫の妻がどんな人で、なぜ名前が公表されていないのか
・六本木のクラブでの馴れ初めからプロポーズ、1981年の結婚までの流れ
・「江木俊夫が妻の店に」という報道が川崎麻世の妻を指している理由
江木俊夫の妻はどんな人?馴れ初めと結婚生活
フォーリーブスの江木俊夫さんの妻がどんな人なのか、名前や出会いのきっかけまで気になっている方は多いと思います。
ここでは、公表されている範囲の情報と、当時の週刊誌に本人が語った馴れ初めをまとめて整理していきますね。
妻は名前も顔写真も非公表の一般女性
まず結論からお伝えすると、江木俊夫さんの妻は芸能界とは関係のない一般女性で、現在は名前も顔写真も公表されていません。
芸能人同士の結婚なら結婚会見や写真が残るものですが、江木さんの場合はそうではないんですよね。
奥さまについて近年の記事をいくつ読んでも「一般女性のため詳細は明かされていない」という一文で止まってしまいます。
ここ、調べていて少しもどかしいところですよね。
ただ、まったく手がかりがないわけではありません。
結婚当時の江木さんは人気絶頂を過ぎたとはいえ知名度の高いタレントでしたから、当時の雑誌には本人が語った言葉がしっかり残っています。
そのあたりを次で見ていきましょう。
当時の週刊誌には名前が載っていた
2022年に週刊実話WEBが公開した「お宝記事発掘」という企画があります。
これは昭和57年(1982年)3月11日号の本誌記事『プロポーズ名セリフ珍セリフ』を、当時のまま再掲したものです。
そこには「プレーボーイといわれた江木俊夫と荒川光世さんが結婚したのは、昭和56年の九月十九日」という一文が載っています。
つまり、結婚した当時の誌面には奥さまの名前が実名で書かれていたということですね。
ただし、ここは扱いに注意が必要かなと思います。
近年の記事はいずれも「妻は一般女性で名前は公表されていない」としていて、当時の表記と食い違っているんですよね。
40年以上前の芸能誌は一般の方の名前をそのまま載せることも珍しくなかった時代ですし、その後の改姓もあります。
そのため、この記事では「結婚当時の誌面には名前があるが、現在は公表されていない」という書き方にとどめておきます。
大企業の重役の娘という噂
もうひとつ、ネット上でよく見かけるのが「妻は大企業の重役の娘らしい」という話です。
ただ、これを裏づける報道や本人の発言は見当たりませんでした。
一方で、事実として残っている材料もあります。
当時の江木さんの話では、出会いの場は六本木のクラブで、彼女は自分の愛車を運転していました。
また実家は横浜で、結婚のあいさつに行ったときの父親の受け答えも落ち着いたものだったそうです。
1981年当時、20代の女性が自分の車を持っているのはそれほど一般的ではありませんでした。
そう考えると、裕福な家庭で育った方だったと推測することはできそうです。
とはいえ「重役の娘」という具体的な肩書きまでは確認できていないので、あくまで噂の域を出ない話として受け取っておくのが安全かなと思います。
馴れ初めは六本木のクラブでのひと目ぼれ
2人の出会いは、江木さんが友人と2人で行った六本木のクラブでした。
その席に女性のグループが来ていて、一緒に話をすることになったそうです。
そのなかに「とりわけちっちゃくて、かわいい女のコ」がいた、というのが後の奥さまでした。
本人いわく完全なひと目ぼれで、その場で自宅の電話番号まで聞き出してしまったといいます。
……この行動力、さすがですよね。
ただ、そこからすぐ交際が始まったわけではありません。
電話番号を手に入れてから約2カ月後の4月、久しぶりに休日ができたタイミングで「メシでも食おうよ」と強引に誘ったのが最初のデートでした。
そこから何度か会ううちに「波長がぴったり」だと感じるようになります。
決定打になったのは、交際を始めて3カ月ほど経ったある夜のことでした。
デートの帰り、酔っ払っていた江木さんを彼女が愛車で三田のマンションまで送ってくれたそうです。
「気をつけてねえ、じゃあ、また…」と彼女が帰ろうとしたその瞬間、我慢できずに抱きしめてキスをしてしまった、と本人が語っています。
このファーストキスをさかいに、2人の気持ちがはっきりしたそうですよ。
妻の妹はフォーリーブスの大ファンだった
馴れ初めのなかで、個人的にいちばん好きなのがこのエピソードです。
彼女には祥子さんという妹がいて、その妹さんがフォーリーブスの大ファンだったんですね。
そして妹の祥子さんが、2人の結婚を応援してくれたと江木さん本人が語っています。
姉の交際相手が自分の推しだった、というのはなかなかない展開ですよね。
家族の反対で終わってしまう芸能人の結婚話も多いなかで、身内に味方がいたというのは大きかったはずです。
なんか、じんわりしますよね。
プロポーズの言葉と横浜の実家へのあいさつ
交際が深まるなかで、江木さんの気持ちを決定づけた出来事がありました。
風邪でダウンしたとき、彼女がなりふりかまわず看病してくれたそうなんです。
そのときの姿を見て「ボクの母にすごく似ている」と感じた、と本人は振り返っています。
そして伝えたプロポーズの言葉が「どんなことがあっても、結婚する」でした。
飾り気のない言葉ですが、覚悟がまっすぐ伝わってきますよね。
その後、江木さんは横浜にある彼女の実家へ向かいます。
父親に「結婚を前提に、お付き合いさせてください」と申し入れたところ、返ってきたのは「若いんだから、あせらないように」という言葉でした。
釘を刺しつつも、交際は許してくれたそうです。
このやり取りを読むと、相手のご家族が江木さんの職業をきちんと理解したうえで受け入れたことが伝わってきます。
当時の江木さんは「プレーボーイ」と書かれるほど女性関係が話題になる人でしたから、父親としては心配もあったでしょうね。
彼女のカレーライスは天下一品
結婚を決めた理由として、江木さんは食の話もしています。
「とにかく、彼女は明るいし、カレーライスは天下一品」という一言です。
さらに、買い物の仕方でも影響を受けたと語っています。
江木さんは気が短く、スーツを買うときも行きつけの店でパッと決めないと気がすまない性格だったそうです。
それに対して彼女は、いいものが見つかるまで店をまわる人でした。
じっくりショッピングする楽しさを教えてくれた、というのが江木さんの言葉です。
ちなみに浮気については、彼女が絶対に「許さない」と言っていると当時の取材で明かしています。
華やかな女性遍歴で知られた江木さんが、そこに終止符を打った形になりますね。
結婚は1981年9月19日・29歳のとき
2人が入籍したのは1981年(昭和56年)9月19日です。
1952年6月4日生まれの江木さんにとっては、29歳の誕生日を迎えて間もない時期でした。
出会いから結婚までの流れを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 出会い | 友人と行った六本木のクラブで同席し、ひと目ぼれ |
| 約2カ月後の4月 | 休日に「メシでも食おうよ」と誘い初デート |
| 交際3カ月ごろ | デートの帰り道にファーストキス |
| その後 | 風邪の看病をきっかけにプロポーズ |
| プロポーズ後 | 横浜の実家で父親にあいさつ |
| 1981年9月19日 | 入籍(江木俊夫さん29歳) |
この結婚は、江木さんの仕事にも変化をもたらしました。
Wikipediaによれば、江木さんは結婚直後から経営業に乗り出し、芸能プロダクション「オフィスキッド」を設立しています。
1978年のフォーリーブス解散後は舞台や2時間ドラマを中心に俳優として活動していましたが、そこに経営という柱を加えたわけですね。
1980年代末頃からは経営に専念するようになり、武田久美子さんらをプロデュースしていました。
家庭を持ったことが、働き方を変えるきっかけになったのかもしれません。
逮捕のときに妻がかけた言葉
江木さんの人生でいちばん大きな危機は、1999年の覚醒剤取締法違反での逮捕でした。
本人はのちに、こう振り返っています。
「大好きな友人がいたのですが、その彼がクスリをやっていて…。僕もやってしまった。僕は体験してから4、5カ月後には逮捕されました。今思えば、早く捕まってよかったと思っています」
初犯だったため執行猶予付きの有罪判決となりましたが、当然この先への不安は大きかったはずです。
芸能人の薬物事件では、報道のあとに離婚が発表されるケースも少なくありません。
ところが、江木さんの奥さまは違いました。
夫にかけたのは、「あなたは軽率だけど、悪人とは思ってないから。」という言葉だったそうです。
……これ、なかなか言えないですよね。
責めるでもなく、かといって甘やかすでもなく、「軽率だ」とはっきり指摘したうえで人格までは否定しない。
江木さん自身も、聖母のような妻の言葉に救われたと語っています。
この一言があったからこそ、家族は離れずに済んだのだろうなと思います。
フォーリーブス再結成を発案したのは北公次だった
支えてくれたのは家族だけではありませんでした。
フォーリーブスのメンバーだった北公次さんも、かつて薬物で逮捕された経験があります。
北さんはどっぷり浸かってしまったぶん、そこから抜け出す苦しさを身をもって知っていました。
だからこそ江木さんの行く先を心配し、フォーリーブス再結成を発案したのは北さんだったと伝えられています。
実際、2002年1月29日に再結成が発表され、初日には中野サンプラザでライブが行われました。
前年に実施された「再結成してほしいグループ」のアンケートで1位になったことも、後押しになったそうです。
家族が家の中で支え、かつての仲間が仕事の場に引き戻す。
読んでいてこちらまで温かくなるエピソードです。
子供は娘が1人いる
江木さんと奥さまの間には、娘さんが1人います。
娘さんも一般の方なので、名前や顔写真は公表されていません。
年齢の手がかりになるのは、江木さんが2006年に「二十歳の娘がいる」と語ったという情報です。
これをもとに単純計算すると、1985年から1986年ごろの生まれということになりますね。
1981年に結婚してから数年後の誕生ですから、時期としても自然です。
ただし、この「2006年に二十歳」という話は出どころが1つのサイトに限られています。
おおよその目安として受け取っておくのがよさそうです。
芸能活動に関する情報も見当たらないため、娘さんは芸能界には進まなかったと考えられます。
1999年の逮捕当時、娘さんはまだ10代前半だったことになります。
家族にとってどれだけ重たい出来事だったか、想像するだけで胸が締め付けられますね。
「妻の店」報道が指すのは川崎麻世の妻
ここ、検索した方がいちばん混乱しやすいポイントなので、はっきりさせておきますね。
「江木俊夫 妻」で検索すると、2024年11月のニュースが上位に出てきます。
見出しは「川崎麻世、江木俊夫が妻の店に久しぶりに訪れたことを明かす」というものです。
このタイトルだけを見ると、江木さんの奥さまがお店をやっているように読めてしまいますよね。
でも、これは違います。
もとになっているのは、川﨑麻世さんが2024年11月20日に自身のアメブロへ投稿した記事です。
そこには「元ジャニーズの大先輩 フォーリーブスの江木俊夫さんが 妻の店に久しぶりに 食事に来てくれました」と書かれています。
つまり「妻の店」は投稿者である川﨑麻世さんの妻のお店で、江木さんはそこへ食事に行った側です。
ABEMA TIMESの記事にある「妻・花音さん」も、川崎さんの奥さまを指しています。
川崎麻世さんは2024年に21歳年下の料理研究家・花音さんと再婚しており、花音さんは築地でダイニングバーを営んでいます。
前妻のカイヤさんとの離婚が成立したのが2023年10月ですから、その約1年後の再婚でした。
江木さんと川崎さんは、クリスマスライブで共演するなど今も交流が続いている先輩後輩の関係です。
2023年11月には、川崎さんがSNSで江木さんとのクリスマスライブ共演を発表しています。
そうした縁があってお店を訪れた、という話なんですね。
江木俊夫の妻を調べる人向けの関連情報
ここからは、江木俊夫さんの妻について調べている方がよく一緒に検索している話題をまとめていきます。
現在の活動から過去の事件、プロフィールまで、気になるところを順番に見ていきましょう。
現在はおりも政夫と2人で全国を回る
2002年に再結成したフォーリーブスですが、その後メンバーを相次いで失うことになります。
| メンバー | 逝去日 |
|---|---|
| 青山孝史 | 2009年1月28日(享年57) |
| 北公次 | 2012年2月22日(享年63) |
青山孝史さんの急逝を受けて、フォーリーブスは2009年3月に活動を休止しました。
それでも活動は終わりませんでした。
2014年からは、残ったおりも政夫さんと2人でフォーリーブスとしての活動を再開しています。
2016年1月17日には大阪の新歌舞伎座で結成50周年記念コンサートも開催されました。
近年の主戦場は「夢スター歌謡祭 春組対秋組歌合戦」です。
おりも政夫さんやあべ静江さんらとともに司会を務めながら、全国各地を回っています。
2025年時点でも夢スター歌謡祭への出演が確認できるので、70代に入った今も現役ですね。
このほか、宝石のデザインや展示即売会といった活動も続けています。
ブランド名は「ティモア」で、本人が身につけているアクセサリーもこのブランドのものだそうです。
1999年の事件と2017年の事情聴取
江木さんの名前で「事件」と検索されるのは、主に2つの出来事が理由です。
1つ目が、すでに触れた1999年の覚醒剤取締法違反での逮捕になります。
2つ目が、2017年に報じられた事情聴取の件です。
こちらは江木さん自身が罪に問われたものではないので、少し整理が必要ですね。
舞台になったのは「コンピタンスコーポレーション」という健康食品や化粧品の通販会社でした。
報道によれば、商品を購入するには100万円を支払って会員になる必要があり、会員は会社主催の芸能人イベントに無料招待されるという仕組みだったそうです。
会員の多くは高齢者で、多い時期には3000人ほどいたとされています。
この会社が江木さんのマネジメントを引き受けたあたりから業績が悪化し、給料の減額や遅配が発生。
商品の発送も止まり、会員が警察に相談したことで捜査が入りました。
2017年3月、警視庁の捜査員が事務所ビルを訪れ、江木さんも事情を聞かれています。
一部では江木さんのタカりが一因だと書かれましたが、本人は明確に否定しています。
本人の説明はこうです。
「社長との繋がりや、会社の役員を僕もやっているかといったことを聞かれ、会員のパーティーにタレントとして出ただけだと説明すると15分ほどで終わりです」
月200万円という金額についても、コンサルタント料100万円とギャラ100万円の合計だと説明しました。
高級車についても「社長が勝手に買ってくれただけ」としています。
その後、江木さんが逮捕されたという報道はありません。
父親の情報と芸名の由来
「江木俊夫 父親」で検索する方も多いのですが、実のお父さんについての公開情報はほとんど見当たりませんでした。
江木さんは3歳から子役として活動を始めた、いわゆる子役出身のタレントです。
当時の子役は親の意向で始めるケースがほとんどですから、ご家族が芸能界に理解のある環境だったことは想像できます。
ただ、ご両親の職業や名前は公表されていません。
一方で、名前の由来についてははっきりしています。
「江木俊夫」の「江」と「俊」は、歌手・作曲家の近江俊郎さんからとったものです。
ちなみに本名は亀田学(かめだ まなぶ)さんで、東京都武蔵野市の出身になります。
なお、ネット上には「江木俊夫は岡田真澄の子どもではないか」という噂もありますが、裏づけのある報道は確認できませんでした。
現状では、根拠のない噂と考えるのが妥当です。
病気の噂と健康への意識
「病気」というワードで検索されることもありますが、江木さんが闘病しているという報道は確認できませんでした。
2025年時点でも夢スター歌謡祭に出演し、全国を回っているので、活動量からしても大きな不安はなさそうです。
ではなぜこのワードが出てくるのかというと、フォーリーブスのメンバー2人を早くに亡くしていることが背景にあると考えられます。
青山孝史さんは57歳、北公次さんは63歳での逝去でした。
同世代の仲間を続けて失ったことで、江木さん自身もより一層健康に気をつけるようになったと伝えられています。
食生活についても、本人がラジオでいろいろ語っています。
夢スター歌謡祭の日はお弁当が中心で生野菜を摂る機会が少ないため、休日に生野菜を食べたくなるのだとか。
パクチーが大好きで、芋類は苦手。肉じゃがもあまり好きではないそうです。
こうした話が残っているあたり、健康への関心は高い方なのかなと思います。
身長などの基本プロフィール
最後に、江木俊夫さんの基本的なプロフィールを整理しておきますね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 亀田学(かめだ まなぶ) |
| 生年月日 | 1952年6月4日 |
| 出身地 | 東京都武蔵野市 |
| 血液型 | A型 |
| 愛称 | トシ坊 |
| 学歴 | 渋谷区立外苑中学校 → 堀越高等学校 |
| 職業 | 歌手・俳優・タレント |
| 活動期間 | 1959年〜 |
身長については公式なプロフィールに数値の記載が見当たりませんでした。
ただ、足のサイズについては本人が語っています。
足のサイズは25.0cmで、男性としては小さめだそうです。
そのため、江木さんの靴をそのまま履ける人はあいざき進也さんや晃さんくらいしかいない、という話も残っています。
フォーリーブスでは三枚目ポジションを担当し、おりも政夫さんとともにコントやバラエティ、MCでグループを引っ張った存在でした。
子役時代には黒澤明監督の『天国と地獄』に出演し、特撮ドラマ『マグマ大使』では村上マモル少年役で主演しています。
江木俊夫の妻のまとめ
- 江木俊夫の妻は芸能界と関係のない一般女性
- 現在は妻の名前も顔写真も公表されていない
- 結婚当時の週刊誌には「荒川光世さん」と実名が載っていた
- 近年の記事は一貫して非公表としており、表記に食い違いがある
- 入籍は1981年(昭和56年)9月19日で当時29歳
- 出会いは友人と行った六本木のクラブでのひと目ぼれ
- 電話番号を聞き出してから約2カ月後に初デート
- 交際3カ月ごろのデートの帰り道が関係の転機になった
- 風邪の看病を見て「母に似ている」と感じプロポーズした
- プロポーズの言葉は「どんなことがあっても、結婚する」
- 妻の実家は横浜で、父親は「あせらないように」と言いつつ交際を許した
- 妻の妹・祥子がフォーリーブスの大ファンで結婚を後押しした
- 1999年の逮捕時に妻は「あなたは軽率だけど、悪人とは思ってないから」と伝えた
- 子供は娘が1人で、2006年に二十歳と語られた(※単独情報)
- 「妻の店」報道の妻は川崎麻世の妻・花音であり江木俊夫の妻ではない

