後藤達也の妻はシンクタンク勤務!日経を辞めろと背中を押した一言とは

後藤達也の妻はシンクタンク勤務!日経を辞めろと背中を押した一言とは

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経済ニュースをかみ砕いて伝えてくれる存在として、テレビでもSNSでも見ない日がない後藤達也さん。

その落ち着いた語り口を見ていると、家ではどんな奥さんと暮らしているんだろう、とつい気になりますよね。

実は後藤さんの奥さん、経済の世界でいうとかなり「近い場所」で働いている方なんです。

しかも、後藤さんが日経新聞を辞めてフリーになるという人生最大の決断を、いちばん強く押したのがこの奥さんでした。

この記事を読むとわかること
・後藤達也の妻の職業と、公開されている情報の範囲
・妻が日経退職のときにかけた言葉と、その後押しの中身
・家族構成と、娘とのエピソードでわかる家庭の空気

後藤達也の妻はシンクタンク勤務の会社員

まずは、いちばん知りたいところからいきましょう。

後藤さんの奥さんがどんな仕事をしていて、どこまでが公表されている情報なのか、本人の発言をもとに整理していきます。

妻はシンクタンクで働く会社員

後藤達也さんの奥さんの職業は、本人の口からはっきり語られています。

妻はシンクタンクで働いていて、収入があります。

これは2023年5月、AERA DIGITALのインタビューで後藤さんが語った言葉です。

日経新聞を辞めてフリーになるという決断を振り返るなかで、家計の話として自然に出てきたものでした。

シンクタンクというのは、経済や政治、社会の課題を専門的に調査・分析して、政策やレポートの形で提言する研究機関のことです。

金融機関系のシンクタンク、官庁系の研究所、民間の調査会社など種類はいろいろありますが、どこも「データを読んで、根拠をつけて説明する」ことが仕事の中心になります。

つまり、後藤さんが記者としてやってきたことと、奥さんが職場でやっていることは、けっこう地続きなんですよね。

経済の話が食卓で通じる家庭、というのは想像できる気がします。

もうひとつ、小学館のウェブメディア「小説丸」が2024年3月に掲載したインタビューでは、奥さんについて共働きの妻という書かれ方をしています。

専業主婦ではなく、自分の収入を持って働いている。

このことは、あとで触れる日経退職の場面で決定的な意味を持ってきます。

後藤達也さんの妻は、シンクタンクに勤務する共働きの会社員です。これが本人発言で確認できる唯一のプロフィールになります。

名前も顔写真も年齢も非公開

では、その奥さんがどんな人なのか、もう少し踏み込んだ情報はあるのでしょうか。

結論から言うと、ここから先はほとんど何も出てきません。

項目 公表状況
職業 シンクタンク勤務(本人がインタビューで言及)
名前 非公開
顔写真 非公開
年齢 非公開
出身地・学歴 非公開
勤務先の社名 非公開

公開されているのはシンクタンク勤務という職種だけで、それ以外は一切表に出ていません。

これは情報が見つからなかった、というより、後藤さん自身が線を引いているという表現のほうが近いと思います。

後藤さんはX(旧Twitter)のフォロワーが70万人を超え、YouTubeの登録者も30万人以上という規模の発信者です。

それだけの人が見ている場所で家族の写真や名前を出せば、どうなるかは本人がいちばんよく分かっているはずですよね。

実際、Wikipediaの人物欄にも、私生活では妻と子供がいることを公表しているという一行があるだけです。

いる、ということは言う。けれど、どんな人かは言わない。

記者として18年間、人の情報を扱ってきた人らしい距離の取り方だなと感じます。

妻の名前・顔・年齢はすべて非公開で、公にされているのは職業だけです。

馴れ初めと結婚時期は公表されていない

次に気になるのが、2人がどうやって出会ったのか、いつ結婚したのかというところ。

ここも探してみましたが、出てきませんでした。

出会いの場所、交際期間、プロポーズの言葉、結婚式の有無、入籍した年。

このどれについても、後藤さん本人が語った記録も、メディアが報じた形跡も見当たりません。

後藤さんは1980年生まれで、2004年に日本経済新聞社へ入社しています。

2016年から2017年にはアメリカのコロンビア大学ビジネススクールで客員研究員を務め、2019年から2021年まではニューヨーク特派員としてアメリカに駐在していました。

後述するように娘さんは2024年の時点で小学生と紹介されているので、結婚はニューヨーク赴任より前だったと考えるのが自然です。

ただ、これはあくまで公開されている年表から逆算した見方であって、本人が語ったものではありません。

断定できる材料はない、というのが正直なところです。

馴れ初めも結婚時期も公表されておらず、出どころのある情報は存在しません。

日経退職を辞めろの勢いで後押しした

情報が少ない奥さんですが、たった一場面だけ、その人となりがくっきり出ているエピソードがあります。

後藤さんが日本経済新聞社を辞めるかどうか迷っていたときの話です。

後藤さんは2004年に入社して18年間、金融市場、金融政策、日本銀行、財務省といった取材現場を歩いてきました。

ニューヨーク特派員から帰国したあとは、退社までの半年間、日銀キャップを務めています。

新聞社のなかでは、誰もが認めるど真ん中のコースです。

そこを辞めるかどうか。

迷った後藤さんは、その心境を奥さんに話しました。

返ってきた反応を、後藤さんはこう振り返っています。

「辞めろ」に近い勢いで強力に背中を押してもらいました。

さらに奥さんは、こんな言葉もかけたそうです。

もしかしたら日経にずっと残るほうがリスクなのではないか。

……これ、なかなか言えないと思うんですよね。

大手新聞社の安定した給料を捨てる話を目の前でされて、慰めるでも止めるでもなく、残るほうが危ないと言い切る。

小学館の小説丸のインタビューでは、後藤さんの背中を押したのは奥さんだけではなかったことも語られています。

共働きの奥さんと、当時小学生だった娘さんの2人が、そろって後押しした。

だったら辞めた方がいいよ、という空気だったと、後藤さんは笑いながら話しています。

AERA DIGITALの記事でも、日経を離れることに家族の反対は全くなかったと書かれています。

後藤達也さんのフリー転身は、妻の一言があって初めて動き出したものでした。

共働きの収入と貯金が独立を支えた

気持ちの後押しだけでなく、現実的な足場の面でも奥さんの存在は大きいものでした。

後藤さんはインタビューで、独立当時の心構えをこう説明しています。

1年か2年、たとえ年収が100万円に減ったとしても、生きていけるだろう。

半年後にのたれ死にするほどではない程度の貯金はあった。だからリスクを取った、と。

この計算が成り立つのは、家にもう一本の収入があったからです。

奥さんがシンクタンクで働いて収入を得ている。そこに自分たちの貯金がある。

だから、フリーになった1年目の稼ぎがほとんどなくても家が回る。

後藤さんが語っている順番も、まさにその通りでした。

妻はシンクタンクで働いていて収入がある。少しは貯金もあった。だから1年働いて100万円しか稼げなくてもやっていける。

辞めると会社に伝えたのは退職1か月前

ちなみに後藤さんが会社に退職の意思を伝えたのは、退職日のたった1か月前でした。

その5年ほど前から、定年までは会社にいないだろうなという気持ちは抱いていたそうです。

そして最初に申し入れた時点で、どんな引き止めがあっても絶対に話を聞かないと決めていたといいます。

理由は、そうじゃないと、なびいちゃうと思ったから。

家族の後押しがあったうえで、自分の退路も自分で断っていたわけですね。

妻の収入と家庭の貯金が、フリー転身の現実的な土台になっていました。

子供は小学生の娘が1人

後藤さんの家族構成についても触れておきましょう。

AERA DIGITALの記事によると、後藤さんは妻と子どもの3人暮らしです。

子どもは娘さんが1人。

2024年3月に公開された小説丸のインタビューでは、小学生の娘と紹介されていました。

娘さんについても、名前・顔写真・通っている学校などは一切公表されていません。

奥さんと同じで、存在は認めるけれど中身は出さないという姿勢が徹底されています。

収録後に娘とオムライスを作る約束

そんななかで、ひとつだけ家庭の空気が伝わるエピソードが残っています。

後藤さんがYouTubeチャンネルの街録chに出演したときのことです。

この収録が終わったら、家に帰って娘にオムライスを作る約束をしている。

後藤さんはそう話していました。

日銀の金融政策やアメリカの相場を語っていた人が、収録が終わった足でキッチンに立つ。

……なんか、いいですよね。

経済の解説者としての顔しか見えない人ですが、家では普通にお父さんをやっているんだなと分かる、数少ない手がかりです。

後藤達也さんの家庭は、妻と娘との3人暮らしです。

後藤達也の妻を調べる人向けの関連情報

ここからは、奥さんについて調べている人がよく一緒に検索している、後藤さん自身のプロフィールをまとめておきます。

出身地や学歴、日経を辞めた経緯など、家庭の話とつながる部分も出てきますよ。

出身は大阪で実家には3歳上の兄

後藤達也さんの出身地は大阪です。

本人も地元について、大阪、実家が大阪といった形で発信しています。

実家の家族構成については、両親と兄がいるとされています。

お兄さんは3歳年上だという情報がありますが、これは1つのサイトにしか見当たらない情報で、複数の媒体で確認できたものではありません。

ご両親の職業についても公表されていないため、どんな家庭で育ったのかまでは分からないのが現状です。

関西出身と聞くと、テレビでの落ち着いた標準語の解説とのギャップに少し驚きませんか。

学歴は慶應義塾大学経済学部

後藤さんの最終学歴は慶應義塾大学経済学部です。

東京大学や一橋大学の出身では、と思っていた方もいるかもしれませんが、慶應の経済学部というのがWikipediaにも記載されている正しい情報です。

そして、この大学時代にすでに今の仕事の原点がありました。

大学1年生のとき、当時マネックス証券の社長だった松本大さんが慶應に講演へ訪れます。

その講演をきっかけに、後藤さんはマネックス証券のIPO(新規株式公開)に応募しました。

ここから日本株への投資に興味を持ち、2000年から2003年にかけて実際に売買を経験しています。

ITバブルとその崩壊、荒れた相場、そして空売りまで。

学生のうちにこれだけの相場を身銭で通っているんですね。

後藤さんは日経記者時代、自分は株取引を一切しないという方針を貫いていました。

保有している銘柄に肩入れした記事を書かないためです。

それでも投資家の心理が分かる解説ができたのは、学生時代の経験があったからだと本人も語っています。

アメリカでの研究員・特派員経験

日経在職中には海外での経験も積んでいます。

2016年から2017年にかけてはコロンビア大学ビジネススクールの客員研究員。

2019年から2021年まではニューヨーク特派員として、アメリカの経済と相場を日本へ届け続けました。

Twitterでの発信を始めたのは、このニューヨーク時代の2020年5月です。

コロナショックで市場が大きく揺れていた時期でした。

高校と中学は非公表のまま

一方で、出身高校と出身中学は公表されていません。

大阪出身であることは分かっているので、地元の学校に通っていた可能性は高いのですが、学校名まではどこにも出ていないのが現状です。

ネット上には大阪府内の進学校の名前を挙げて推測している記事もありますが、これらは根拠のある話ではありません。

奥さんや娘さんの情報と同じで、仕事に直接関係しない部分は出さないという方針なのだろうと思います。

日経を18年勤めて2022年3月に退職

後藤さんの日経新聞での歩みを、時系列で整理しておきます。

時期 できごと
2004年 日本経済新聞社に入社(24歳)
2009〜2010年 日本経済研究センターへ出向しエコノミストとして経験を積む
2016〜2017年 コロンビア大学ビジネススクール客員研究員
2019〜2021年 ニューヨーク特派員
2021年半ば 帰国。退社までの半年間は日銀キャップ
2022年3月 日本経済新聞社を退職

退職の理由について、後藤さんは人生100年時代という言葉を使って説明しています。

自分は42歳で、定年の60歳まで20年を切っている。

70代、80代でも元気に働いている人がいることを考えると、60歳まで一つの組織に残り続けるほうがリスクが高いと感じた。

奥さんが言った、日経にずっと残るほうがリスクなのではないかという言葉と、きれいに重なりますよね。

退職に伴って、記者時代に37万人以上のフォロワーを抱えていたTwitterアカウントは会社のものとして鍵をかけられ、後藤さんは新しいアカウントを作り直すことになりました。

そこに、数週間で28万人が移ってきます。

新アカウントを告知した瞬間、通知が0.01秒刻みで鳴り続けたと後藤さんは振り返っています。

noteとYouTubeが発信の柱

フリーになったあとの後藤さんは、複数の場所で発信を続けています。

2022年3月6日に開設したYouTubeの後藤達也・経済チャンネルは、1か月半で登録者10万人を突破しました。

月額500円の有料noteも、開設から半年で加入者2万人を超え、2024年時点では有料会員3万人以上に達しています。

日経電子版をもじって後藤電子版と呼ばれることもあるほどです。

2024年1月には初の著書となる転換の時代を生き抜く投資の教科書を日経BPから出版し、同年2月時点で約13万部を記録しました。

テレビへの出演も増え続けています。

テレビ東京のワールドビジネスサテライトでは2024年4月から金曜日のレギュラーコメンテーターを務め、2026年3月30日からは月曜・火曜のメインキャスターに就任しました。

日経新聞という看板を外したあとのほうが、届く範囲は広がっている。

あのとき奥さんが押した背中は、結果として正解だったということになりますね。

後藤達也の妻のまとめ

  • 後藤達也の妻はシンクタンクに勤務する会社員
  • 妻はシンクタンクで働いていて収入があると本人がインタビューで語っている
  • 妻は専業主婦ではなく共働き
  • 妻の名前・顔写真・年齢はいずれも非公開
  • 勤務先の具体的な社名も明かされていない
  • 馴れ初め・交際期間・結婚時期はどこにも公表されていない
  • 日経退職を迷ったとき、妻が辞めろに近い勢いで背中を押した
  • 妻は日経にずっと残るほうがリスクなのではないかとも語ったとされる
  • 共働きの妻と小学生の娘が、そろって独立を後押しした
  • 妻の収入と貯金があったため、年収が100万円に減っても生活できると判断できた
  • 家族構成は本人・妻・娘の3人暮らし
  • 子供は娘が1人で、2024年の時点で小学生と紹介されている
  • 街録ch出演時に、収録後は娘とオムライスを作る約束をしていると話した
  • 後藤達也は1980年生まれの大阪出身で、慶應義塾大学経済学部を卒業
  • 2004年から18年間日経新聞に勤め、2022年3月に退職してフリーへ転身した

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