ドスの利いた声と鋭い眼光で、Vシネマや映画の悪役を数え切れないほど演じてきた白竜さん。
そんな白竜さんに息子さんがいて、しかも同じ俳優の世界で父と肩を並べていると知ったら、ちょっと驚きませんか。
調べていくと、息子さんは芸名を持つ現役の俳優で、父子で同じ作品に出ているシリーズまでありました。
ただ、その息子さんについては読み方すらネット上で割れているなど、分かっていることと分かっていないことがはっきり分かれています。
ここでは公表されている範囲の情報だけを整理しました。
あわせて、娘さんや奥さん、白竜さん本人の現在についても気になっている方が多いので、そちらもまとめています。
・白竜の息子が俳優の田竜河であることと、その出演作
・父・白竜と親子共演を果たした極道の教典シリーズの中身
・娘や奥さんなど、白竜の家族について公表されている範囲
白竜の息子・田竜河は俳優として活動
まずは本題である息子さんの話からいきましょう。
名前・職業・出演作と、公表されている情報を順番に押さえていきますね。
子供は息子と娘の2人
白竜さんのお子さんは、息子さんが1人、娘さんが1人の合わせて2人とされています。
複数の芸能メディアがそろって同じ構成を伝えていて、ここは比較的はっきりしている部分です。
白竜さんが結婚したのは俳優デビューよりも前、1970年代のことだと伝えられています。
1984年の映画『いつか誰かが殺される』で俳優デビューする10年近く前ですから、家庭を持ってから役者の道に入ったことになりますね。
お子さんの生年月日や年齢は公表されていません。
ただ、白竜さん自身が1952年10月3日生まれで2026年時点で73歳ですし、すでにお孫さんもいると伝えられているので、お子さん2人とも大人になって独立していると考えるのが自然でしょう。
そして2人とも、まったく畑違いの世界にいるわけではないんです。
息子さんは俳優、娘さんはヘアメイクと、どちらも映像や芸能の現場に近い仕事に就いているというのが、白竜家のちょっと面白いところですよ。
息子の芸名は田竜河
息子さんは田竜河という芸名で俳優活動をしています。
この「田」という字、白竜さんの戸籍名と重なっているのがポイントです。
白竜さんは在日韓国人2世で、戸籍上の名前は田貞一(チョン・ジョンイル)。
つまり息子さんの芸名は、父の芸名である白竜からではなく、本来の姓である「田」を受け継ぐ形で作られていることになります。
芸能一家の子どもが芸名を決めるとき、親の知名度をそのまま借りる形にすることも多いですよね。
そう考えると、父の芸名を借りずに姓のほうを選んでいるのは、なんだか筋が通っていて個人的には好きな決め方です。
田竜河さんの名前は、映画情報サイトのFilmarksやORICON NEWSの作品ページにも出演者として掲載されています。
芸能メディアの噂話ではなく、作品データベースに登録された現役の俳優ということですね。
極道の教典シリーズで実現した親子共演
田竜河さんの代表作といえるのが、Vシネマの『極道の教典』シリーズです。
作品データベースに登録されている出演作は、『極道の教典 第二章』『極道の教典 第三章』『極道の教典 第四章』の3作。
シリーズを通して複数の章に顔を出していることになります。
このシリーズには父である白竜さんも出演していて、同じ作品の中で親子が共演を果たしているんです。
それも1本きりの記念出演ではなく、章をまたいで続いているのがポイントですね。
『極道の教典』は片岡修二監督による任侠アクションで、白竜さんがずっと主戦場にしてきたジャンルそのもの。
息子さんがその同じ土俵に立っているというのは、なかなかできることではないと思います。
日本やくざ抗争史 巨大組織分裂での共演
『極道の教典』シリーズ以外にも、『日本やくざ抗争史 巨大組織分裂』で父子が同じ画面に立ったと伝えられています。
こちらも任侠もののVシネマ。
白竜さんの出演作は膨大にありますが、その中で息子さんと重なっている作品はごく限られているようです。
俳優のほかに担ってきたマネージャー業
田竜河さんについてもう一つ伝えられているのが、マネージャーの仕事も担ってきたという話です。
複数のメディアが、俳優としての活動と並べる形でこの点に触れています。
誰のマネージャーだったのか、どの事務所に所属していたのかまでは公表されていません。
ただ、Vシネマの現場は大手ドラマの制作規模とは違って、少人数で回すことも珍しくない世界です。
公表されている情報だけから考えると、演者としてカメラの前に立ちつつ、現場を回す側の仕事も知っている——そんな立ち位置なのかなと想像できますね。
ここは推測を含む部分なので、断定はしないでおきます。
名前の読み方は2通りの表記がある
実は、田竜河さんの名前の読み方はネット上で割れています。
「たりゅうが」と紹介しているサイトがある一方で、「でんりゅうが」としているサイトもあるんです。
どちらか一方が明らかに多い、という状態でもありません。
| 表記 | 掲載しているソース |
|---|---|
| たりゅうが | 複数の芸能まとめメディア |
| でんりゅうが | 別の芸能まとめメディア |
| 公式表記 | 事務所・公式プロフィールともに確認できず |
本人や所属先が読み方を明示した一次情報は見つかっていません。
作品のクレジットも漢字表記のみなので、現時点ではどちらが正しいと言い切れる材料がないというのが正直なところです。
「田」を音で読むか訓で読むかの違いなので、どちらもあり得る読み方ではあるんですよね。
ここは新しい情報が出るまで保留にしておくのが誠実だと思います。
息子の年齢やプロフィールは非公表
気になる方が多いところですが、田竜河さんの生年月日・年齢・身長といった基本プロフィールは公表されていません。
大手の人物データベースにも、作品の出演者情報としての記載はあるものの、詳細なプロフィール欄は用意されていない状態です。
父の白竜さんが1952年生まれであることから、息子さんもそれなりの年齢に達しているとみられますが、これは推測の域を出ません。
数字が出てこない以上、年齢を断定できる根拠はないということですね。
顔立ちについては、父親に似ていて背が高いという声が出ています。
任侠ものの現場で並んで立っていれば、そりゃ画になりますよね。
白竜の息子を調べる人向けの関連情報
息子さんを調べている方は、娘さんや奥さん、白竜さん本人の今も気になっているはず。
ここからは家族まわりと本人について、公表されている範囲でまとめていきます。
娘はヘアメイクの仕事で活躍
白竜さんの娘さんは、ヘアメイクの仕事に就いていると伝えられています。
俳優やタレント、モデルの現場でヘアスタイリングを担当しているそうです。
氏名や年齢、勤務先といった情報は公表されていません。
一般の方ですから、ここは公表されている職業の範囲にとどめておきますね。
それにしても、息子さんは俳優、娘さんはヘアメイクと、2人とも撮影現場に関わる仕事を選んでいるのは面白いところ。
父親が長年その世界にいたことを考えると、家の中で交わされる話題そのものが業界の話だったのかもしれません。
奥さんは2歳年上で名前は非公表
白竜さんの奥さんは、白竜さんより2歳年上だと伝えられています。
いわゆる姉さん女房ですね。
お名前や顔写真、経歴は公表されていません。
一般の方なので当然といえば当然です。
結婚したのは俳優デビュー前の1970年代。
バンド活動をしながら家業を手伝っていた時期と重なります。
離婚や再婚の話は出ておらず、結婚は一度きりとされているので、半世紀近く連れ添っていることになりますね。
売れる保証がまったくない音楽と役者の道を、ずっと横で見てきた方ということ。
……なんか、それだけで十分すごい話だと思いませんか。
孫にも恵まれて祖父になっている
白竜さんにはお孫さんもいると伝えられています。
お孫さんが息子さん側なのか娘さん側なのか、人数が何人なのかまでは公表されていません。
スクリーンの中では常に危ない役をやっている人が、家ではおじいちゃんなんですよね。
このギャップ、個人的にはかなり好きです。
本人の現在は俳優として活動を継続
白竜さん本人は、現在も俳優として活動を続けています。
1984年の『いつか誰かが殺される』でのデビュー以来、ヤクザ映画やVシネマを中心に出演を重ねてきました。
『白竜』シリーズのように、自身の名前を冠したVシネマシリーズも長く作られています。
ネット上では健康にまつわる噂も流れていますが、出演作の役柄が独り歩きしたものとみられ、裏づけのある情報は見当たりません。
こういう噂は本人にとってたまったものじゃないですよね。
趣味はチェロ、ギター、サウナ、サイクリング。
チェロは21歳のときに音がいいと感じて習い始めたそうです。
役柄のイメージとずいぶん違って、実際は気さくで明るく、暴力やケンカが嫌いな性格だと伝えられていますよ。
実家は佐賀県伊万里市で家業は解体業
白竜さんの出身は佐賀県伊万里市です。
関西弁を使う役が多いので関西出身だと思われがちですが、実際は九州の出身。
本人も普段は関西弁を話せないそうですよ。
実家の家業は解体業でした。
高校卒業後に上京して電器店で働きながら全国でライブ活動を続け、その後いったん地元へ戻り、家業の解体業を手伝いながら1978年に白竜バンドを結成しています。
1979年にシングルでデビューしたものの、1980年の光州事件を扱った曲が問題視されて1stアルバムが発禁処分に。
順風満帆とはほど遠い出発点でした。
有田工業高校では剣道部の主将
白竜さんは佐賀県立有田工業高校の卒業で、大学には進学していません。
中学・高校とも剣道部に所属し、高校3年時には主将(部長)を務めたと伝えられています。
文化祭ではロックを演奏し、バレンタインにはチョコレートをたくさんもらっていたそうですよ。
弟と妹がいる4人きょうだい
白竜さんには弟が1人、妹が2人いて、4人きょうだいの長男だとする情報があります。
ただしこれは1つのメディアにしか見当たらなかった情報で、複数のソースでは裏づけが取れていません。
きょうだいの人数については確定した情報として扱わないほうがよさそうです。
ごきょうだいはいずれも一般の方とみられ、氏名や職業は公表されていません。
白竜の息子のまとめ
- 白竜の子供は息子1人と娘1人の2人とされる
- 息子は田竜河という芸名で俳優として活動している
- 芸名の「田」は白竜の戸籍名である田貞一と同じ姓
- 出演作はVシネマ『極道の教典』の第二章・第三章・第四章
- 同シリーズで父・白竜との親子共演が実現している
- 『日本やくざ抗争史 巨大組織分裂』でも父子共演があったとされる
- 俳優活動と並行してマネージャーの仕事も担ってきたと伝えられる
- 名前の読み方は「たりゅうが」と「でんりゅうが」で情報が分かれている
- 生年月日・年齢・身長などの詳細プロフィールは非公表
- 娘はヘアメイクの仕事に就いているとされる
- 妻は2歳年上の一般人で、名前や経歴は非公表
- 結婚は俳優デビュー前の1970年代で、離婚歴はないとされる
- 孫もいて、白竜はすでに祖父になっている
- 白竜自身は在日韓国人2世で、佐賀県伊万里市の出身
- 実家の家業は解体業で、手伝いながら1978年に白竜バンドを結成した

