フォレスタのバリトンとして長く親しまれてきた塩入功司さん、結婚しているのか気になっている方は多いのではないでしょうか。
実は結婚を発表したリリースは見当たらないのに、お相手の名前ははっきり分かるんです。
妻・和泉朱音さんがどんな方なのか、そして夫婦がどんな時間を積み重ねてきたのかを、公表されている情報だけで丁寧に追いかけていきますね。
・塩入功司の結婚相手が妻・和泉朱音だと分かる根拠
・結婚時期や馴れ初め、子供の有無がどこまで公表されているか
・妻が支えたコンサート運営とフォレスタ卒業後の活動
フォレスタ塩入功司の結婚相手と夫婦の歩み
「フォレスタの塩入功司さんって結婚してるの?」と気になって検索した方が多いのではないでしょうか。
ここでは結婚相手が誰なのか、いつ結婚したのか、夫婦としてどんな歩みをしてきたのかを、公表されている情報だけを頼りに整理していきます。
結婚相手は妻・和泉朱音
先に答えからお伝えします。
塩入功司さんは結婚していて、妻は和泉朱音(いずみ あかね)さんです。
ただ、これは「結婚しました」という発表があったわけではありません。
芸能事務所が出すような結婚報告のリリースは、探しても見当たらないんですよね。
ではなぜ言い切れるのかというと、和泉朱音さん本人が、自身のブログで塩入功司さんを繰り返し「夫」と書いているからです。
たとえば2024年6月30日のブログでは「夫 塩入功司はすでに発表があったように本日をもってフォレスタコンサート活動から卒業です」と、はっきり書かれています。
2025年6月14日の記事にも「私の夫が塩入功司でしかも歌手らしい」という一文が出てきます。
さらに決め手になるのが、塩入功司さんのオフィシャルサイトの作りです。
サイトのメニューには「ブログ」の欄があり、そこに「しおいりこうじのブログ」と「和泉朱音のマイレにまいれ」の2つが並べて掲載されています。
本人の公式サイトが、妻のブログを公式の情報発信先として並べているわけです。
これは、夫婦であることを本人側が隠していない何よりの証拠だと思います。
フォレスタのファンブログでも「妻の和泉朱音は」という書き方で普通に触れられていて、ファンのあいだではよく知られた話のようです。
「マイレ」という名前が示すもの
もうひとつ、面白いポイントがあります。
塩入功司さんのオフィシャルサイトのドメインは `office-maile.net` で、問い合わせ窓口も「マイレ」という名前になっています。
そして和泉朱音さんのブログのタイトルは「和泉朱音のマイレにまいれ」、Amebaのプロフィールでも自身を「マイレの和泉朱音です」と名乗っています。
つまり、夫の活動窓口である「マイレ」と、妻が名乗る「マイレ」は同じ看板です。
ご夫婦で活動の土台を共有していることが、名前からも見えてきますよね。
妻・和泉朱音のプロフィール
では、妻の和泉朱音さんはどんな方なのでしょうか。
Amebaのプロフィールページに、本人の言葉で書かれた自己紹介があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 和泉朱音(いずみ あかね) |
| 出身 | 石垣島 |
| 現住所 | 東京 |
| 仕事 | アナウンスの仕事 |
| ブログ | 「和泉朱音のマイレにまいれ」(Ameba) |
| 塩入功司との関係 | 妻 |
自己紹介文には「マイレの和泉朱音(いずみあかね)です 石垣島出身で現在東京在住、アナウンスの仕事をしております」とあります。
石垣島の出身で、アナウンスを本業にしている方なんですね。
歌手である夫とはジャンルが違いますが、どちらも「声」を使う仕事という点では地続きです。
約10年ぶりの仕事復帰
プロフィールにはもう一行、気になる記述があります。
「この度、約10年ぶりに?仕事復帰しました」という一文です。
10年という期間を空けて本業に戻ったということなので、その間は別のことに時間を使っていたと読めます。
理由そのものは書かれていないので、ここは想像で埋めずに事実だけ置いておきます。
ブログは「主に仕事関連の発信をしていきたい」という方針で運営されていて、実際の記事もコンサートの告知やチケットの案内が中心です。
馴れ初めと結婚時期は非公表
ここが、検索した方がいちばん知りたいところかもしれません。
結論から書くと、2人がいつ結婚したのか、どこで出会ったのかを説明した情報は、本人・妻のどちらからも公表されていません。
結婚の発表記事も、馴れ初めを語ったインタビューも、挙式や指輪の話も見つかりませんでした。
塩入功司さんは音楽の活動については公式サイトやブログで細かく発信する一方、私生活については必要以上に語らないスタンスのようです。
ご本人がブログを始めたときの挨拶文でも「ここでは主に自分の活動のお知らせをしていくつもりです」と、はっきり線を引いています。
いつから夫婦だったかは、ブログからさかのぼれる
とはいえ、公開されている記事の日付から「少なくともいつの時点で夫婦だったか」は追いかけられます。
和泉朱音さんが2023年の元日に投稿した新年の挨拶では、前年を振り返って「挑戦その1 夫 塩入功司の個人コンサートを開催し」と書かれています。
2022年の時点で、すでに「夫」と呼ぶ関係だったことは確認できるわけです。
さらにさかのぼれるかというと、そこは公開情報では届きませんでした。
ここから先を「たぶん○年ごろ」と書いてしまうのは簡単ですが、根拠がないので私はやめておきます。
結婚時期が非公表なのは、隠しているというより、そもそも発表する場を持たない歌い手さんだから、という方が近いのかなと思います。
妻が企画した個人コンサート
夫婦のかたちがいちばんよく見えるのが、コンサートの話です。
和泉朱音さんは2023年元日のブログで、前年に挑戦したこととして夫の個人コンサートの開催を挙げています。
そこにはこう書かれています。
「企画やチラシチケット作成から販売など運営やコンサート開催にあたり様々な経験をさせていただき」。
つまり、企画・チラシ制作・チケットの作成と販売・当日の運営までを妻が担当したということです。
歌う人と、その舞台を成立させる人。
その両方が家庭の中にそろっている状態なんですよね。
個人でコンサートを打つのは、想像以上に地味で膨大な作業の積み重ねです。
チケットを1枚ずつ発送し、座席の希望を受け付け、当日券の数を調整する。
実際、和泉朱音さんのブログには「8/21の甲東ホールのチケットですが週明けより発送いたします」「複数名でお申し込みいただいている方はもちろん一緒にお座りいただきますが、別々でお申し込みでどなたかとご一緒がいいなどございましたら、どうぞ、マイレまでご連絡下さい」といった、実務そのものの案内が並んでいます。
「マイレ」という窓口の中身は、かなりの部分が妻の手仕事です。
……これ、なかなかできることじゃないですよね。
同じ記事の中で、和泉朱音さんは「激励や改善のお声なども頂戴し」とも書いていて、うまくいったことばかりではなかったこともにじませています。
そのうえで翌年のテーマを「整」と決め、「家のことや自分のこと家族のこと ひとつひとつに向き合って ゆっくり丁寧に整えながら暮らしたいなと思っています」と結んでいました。
走り続けた1年のあとに、家庭側へ意識を戻す。
読んでいて、じんわりくるものがありました。
体調を崩したときの夫婦の連携
塩入功司さんは、椎間板ヘルニアの治療のためにフォレスタの活動を長く休んでいた時期があります。
ファンにとっては「いつ戻ってくるのか」がまったく分からない、不安な期間でした。
その時期に情報を出し続けていたのが、妻の和泉朱音さんです。
フォレスタのファンブログには、こんな記述が残っています。
「彼が、体調を崩したときに、妻の和泉朱音は、ブログで公開できる可能な限りの情報をファンに提供して、バックアップというかフォローしていました」「献身的だなーというそんな印象でした」。
グループの発表を待つしかない状況で、家族側から出せる範囲の情報を出し続けたということです。
このブログはもともと別のメンバーの情報発信の少なさを話題にしていた記事で、その比較として塩入功司さん夫妻が引き合いに出されていました。
ファンから見ても、この夫婦の対応は印象に残るものだったんでしょうね。
体調のことは本来とてもプライベートな話です。
どこまで書くかの線引きは家族が決めることですし、書かない選択も当然あります。
そのうえで「公開できる可能な限り」を選んだ、という点に、この夫婦のスタンスが出ている気がします。
歌えない時間を、ひとりで抱えずに済む体制があった。
そう考えると、2024年にフォレスタを離れたあとすぐソロの活動が動き出したことにも納得がいきます。
子供はいるのか
結婚の話とセットで気になるのが、お子さんの有無だと思います。
こちらも先に書いておくと、塩入功司さん夫妻に子供がいるかどうかを、本人たちが明言した記述は見つかりませんでした。
名前や年齢はもちろん、「子供がいます」という一文すら公表されていません。
ただ、ひとつだけ手がかりになりそうな記述があります。
和泉朱音さんが2023年元日のブログで、前年に本業以外の仕事をいろいろ引き受けた話をしたあと、「ママ友以外の仲間や友人ができました」と書いているんです。
「ママ友以外の」という言い方は、ふつうに読めばママ友がいる人の言い回しですよね。
とはいえ、これはあくまで一文の言い回しであって、お子さんの存在を本人が明かした文章ではありません。
同じ記事の締めくくりに「家のことや自分のこと家族のこと」という言葉が出てくることも合わせると、家庭がある暮らしぶりは伝わってきます。
それでも、ここから人数や年齢まで書くのは踏み込みすぎです。
現時点で言えるのは「公表されていない」ということだけ、というのが正確なところだと思います。
夫婦そろって、活動の情報は細かく出す一方で家族の内側は出さない。
その線引きが一貫しているので、今後もこの部分が語られる場面は多くないのかもしれません。
フォレスタ塩入功司の結婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、塩入功司さんについて一緒に検索されることの多い話題をまとめていきます。
年齢や学歴といった基本情報から、フォレスタを離れた理由、そして今の活動までを順番に見ていきましょう。
年齢と生年月日は非公表
塩入功司さんの年齢を調べようとすると、たいてい行き止まりになります。
生年月日も年齢も公表されていません。
これは塩入功司さんに限った話ではなく、フォレスタというグループ全体の傾向です。
フォレスタのメンバーをまとめた記事でも、年齢が判明しているのは横山慎吾さん・三宅里菜さん・吉田明未さんの3人だけで、それ以外のメンバーは全員が年齢非公表とされています。
判明している3人にしても、公式発表ではなく、本人のホームページや新聞記事での言及からたどられた数字です。
塩入功司さんについては、そうした手がかりも見当たりませんでした。
分かっているのは経歴の中身の方です。
大学と大学院を出て、二期会オペラスタジオのマスタークラスを修了し、コンクールでの受賞を経てフォレスタに加わっています。
このステップを踏むには相応の年数がかかるので、キャリアの長さは経歴からある程度うかがえます。
ただ、それを「何歳くらい」と数字にするのは推測の域を出ないので、ここでは書きません。
学歴と受賞歴のプロフィール
経歴は、オフィシャルサイトのPROFILEと、音楽祭のプロフィールページの両方に載っています。
内容はほぼ一致しているので、信頼度は高いと見ていいと思います。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 塩入功司(しおいり こうじ) |
| 出身 | 東京都府中市 |
| 大学 | 洗足学園大学音楽学部声楽科 卒業 |
| 大学院 | 同大学院音楽研究科声楽専攻 修了 |
| 研修 | 二期会オペラスタジオ第43期マスタークラス修了(修了時「優秀賞」) |
| 受賞 | 第2回「万里の長城杯国際音楽コンクール」声楽・一般の部A 第3位 |
| 受賞 | 第39回イタリア声楽コンコルソ 金賞・バリトン特賞 |
| 所属 | 二期会会員 |
イタリア声楽コンコルソでは金賞に加えてバリトン特賞も受けています。
コンクールで賞を重ねたうえでフォレスタに入っている、まさに実力派ですね。
声のパートは資料によって表記が違う
ひとつだけ、資料をまたぐと表記が割れている項目があります。
担当パートです。
日本コロムビアのインタビューでは本人が「東京都出身、バリトンパートを担当しています」と答えています。
一方でフォレスタのメンバーをまとめた記事では「ハイバリトン」、音楽祭のプロフィールでは「【バス】」と書かれていました。
バリトンを軸に、高い側にも低い側にも対応してきたということなのでしょうが、どれが正しいかを断定できる資料はありません。
肩書きより、出演してきた役柄を見た方が実像に近いかもしれません。
歌手を志したのは高校3年の夏
意外だったのが、音楽の道を選んだタイミングです。
コロムビアのインタビューで、塩入功司さんはこう答えています。
「高校3年の夏休み前に、音楽の先生に音大の声楽科を勧められたことがきっかけです。それまでは、音楽の道に進むことは全く考えていませんでした」。
高校3年の夏まで、音大に行くつもりはまったくなかったそうです。
しかもテイチクのメディアに寄せたコメントでは、中学生のときに音楽から離れたいと思うようになり、約3年間は歌うことも演奏することも避けていたと明かしています。
高校入学とともに再び音楽を始めて、今に至る。
一度離れた人が戻ってきて、こうしてキャリアを積んでいるというのは、なんだか励まされる話じゃないですか。
ちなみに愛称は「しおちゃん」、趣味は野球観戦、好きな食べ物は焼肉とアイスクリームだそうです。
美しい歌声を保つために心がけていることを聞かれて「よく寝ること、です」と答えているのも、なんだかいいですよね。
フォレスタ加入はリーダーからの誘いだった
フォレスタに入った経緯も、同じインタビューで語られています。
きっかけを聞かれた塩入功司さんの答えは「リーダーの大野さんからお誘いを受けました」というものでした。
オーディションではなく、リーダーの大野隆さんからの直接の誘いだったんですね。
いちばん記憶に残っている出来事として挙げているのは、メンバーとして初めて立った「きゅりあん」でのコンサートです。
「ステージにあがった瞬間、満員のお客様と会場内の盛り上がりに圧倒されました」と振り返っています。
その最初のステージから約10年、フォレスタの男声を支え続けました。
病気は椎間板ヘルニア
塩入功司さんの活動休止と関わっているのが、椎間板ヘルニアです。
フォレスタの公式お知らせには「フォレスタメンバー塩入功司は、かねてより椎間板ヘルニアの治療を続けておりました」と明記されています。
病名は本人側から公表されているもので、憶測ではありません。
同じお知らせには「現在は経過観察中ですが、本人の体調を最優先に考え、しばらくの間活動をお休みさせて(いただきます)」という説明もありました。
その後、別のお知らせでは「椎間板ヘルニア療養の為お休みさせていただいておりました塩入功司ですが、おかげさまで現在リハビリを経て9月からのコンサート復帰に向けた準備をしております」と、復帰へ向かう報告も出ています。
つまり、休養と復帰を行き来する期間があったということですね。
2021年8月のファンブログには「塩入さんは、術後順調に回復していらっしゃるとのことです」という記述もあり、この時期に手術を受けていたことがうかがえます。
同じ記事には「ご本人もギリギリまでコンサート参加に向けて調整してくださったのですが、今回は大事をとって」ともありました。
出たい気持ちと体の状態のあいだで、ぎりぎりまで揺れていたことが伝わってきます。
歌は全身を使う仕事です。
腰に負担のかかる状態で、立って歌い続けるステージを年間何十本もこなすのは、想像するだけできついですよね。
なお、椎間板ヘルニアの経過や治療の内容は人によって大きく異なります。
ここに書いたのはあくまで塩入功司さん個人について公表された情報で、一般的な症状の目安ではない点はご承知おきください。
フォレスタを卒業した理由
塩入功司さんは、2024年6月30日をもってフォレスタのコンサート活動を終了しました。
在籍していたのは、およそ10年です。
和泉朱音さんも当日のブログで「本日をもってフォレスタコンサート活動から卒業です」「皆さま、10年間大変お世話になりました」と書いています。
理由については、発表の仕方が少し複雑でした。
お知らせの文面では「諸般の事情により」とだけ書かれています。
一方、フォレスタ側の「大切なお知らせ」(2024年6月19日)には、もう少し踏み込んだ説明がありました。
「以前より、体調不良のため休ませていただいておりました塩入功司ですが、今後に関して、これまで時間をかけ話し合いを重ねてまいりました」。
そして本人のコメントとして「近年は体調に異変をきたす事が増えた為、医師の診断の下、活動を休止させていただいておりました」「方向性の違いなどから話し合いを重ねてまいりました」という言葉が紹介されています。
整理すると、こうなります。
| 発表元 | 説明されている理由 |
|---|---|
| お知らせ文面 | 「諸般の事情により」 |
| フォレスタ側の説明 | 体調不良による休養と、時間をかけた話し合い |
| 本人コメント | 体調の異変と医師の診断、そして方向性の違い |
体調と、方向性。この2つが同時に語られているのがポイントです。
どちらか一方だけを取り出して「本当の理由はこれだ」と書く記事も見かけますが、公表された文面では両方が並んでいます。
本人は同じコメントで「今後の音楽活動に関しましては、自分のペースで続けて参る所存」とも述べていました。
引退ではなく、自分のペースに戻すための選択だったんですね。
「BS日本・こころの歌」には引き続き出演予定
もう一点、見落とされがちな情報があります。
終了したのは、あくまでコンサート活動です。
お知らせには「BS日本・こころの歌」に「引き続き出演いたします」と書かれており、フォレスタ側の発表でも引き続き参加の予定と説明されています。
グループを完全に離れたわけではない、というのが発表時点の内容です。
なお、8月30日に予定されていた「フォレスタ コンサート in 京都」への出演はなくなることも、あわせて告知されていました。
オペラ歌手としての実績
フォレスタでの印象が強い方だと意外かもしれませんが、塩入功司さんはオペラの舞台にも数多く立ってきた歌い手です。
公式プロフィールと音楽祭のプロフィールに、出演作が細かく並んでいます。
| 作品 | 役 |
|---|---|
| モーツァルト「フィガロの結婚」 | 伯爵 |
| モーツァルト「魔笛」 | パパゲーノ、モノスタトス |
| モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」 | グリエルモ |
| ヴェルディ「椿姫」 | ドゥフォール男爵 |
| ヴェルディ「マクベス」(新国立劇場) | 伝令 |
| ビゼー「カルメン」 | モラレス |
| レオンカヴァッロ「道化師」 | シルヴィオ |
| プッチーニ「蝶々夫人」 | 神官、役人 |
| ヤナーチェク「死者の家から」(東京交響楽団第509回定期演奏会) | 鍛冶屋の囚人、炊事番の囚人 |
| ベートーヴェン「レオノーレ」(新日本フィル) | ドン・フェルナンド |
| 三木稔「じょうるり」 | 言次 |
新国立劇場や東京交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団の舞台にも立っています。
宗教曲やコンサート作品でも、バッハ「ロ短調ミサ」「ヨハネ受難曲」「マタイ受難曲」、ヘンデル「メサイア」、ベートーヴェン「第九」、宮城道雄の交声曲「日蓮」などでソリストを務めてきました。
「魔笛」のパパゲーノのような愛嬌のある役から、「道化師」のシルヴィオのような重い役まで幅がありますよね。
日本のうたを歌う人である前に、オペラと宗教曲で鍛えられた声楽家だということです。
ソロ活動と日本のうたコンサート
フォレスタのコンサートを離れたあと、塩入功司さんの活動は自分の名前で動き出しています。
2025年3月にはオフィシャルサイトを公開し、そこで新しい肩書きを掲げました。
「日本情緒伝承歌人」です。
サイトのメッセージには、この言葉を選んだ理由が本人の文章で書かれています。
「古くから日本の暮らしに寄り添ってきた歌には、日本人の美徳とする情緒があふれています。ただ残念なことに、少しずつ失いかけている」。
そして「歌人とは本来、和歌を詠む人を指します。あえてこの言葉を用いるのは、未来永劫残したい歌たちを作者に成り替わり、心より丁寧にお届けしたいからです」と続きます。
「100年先に向けて伝承者となるべく歌ってまいります」という一文で締めくくられていました。
活動の柱は2つあります。
「塩入功司 日本のうたコンサート」と、ランチコンサートです。
2025年5月には、ランチコンサートが東京・関西の両方で完売したという告知も出ています。
大きな舞台から離れたぶん、客席との距離が近い場所を選び直したという印象です。
ブログは2024年8月に開設
活動の発信のために、本人もブログを始めています。
2024年8月11日の第1回はこんな挨拶でした。
「生まれてはじめてブログなるものを始めることにしました。操作方法等やり方全くわかりません。ぼちぼちやっていきます」。
さらに「元来筆まめではないのでチョー不定期な更新になると思いますので、どうかご了承ください」「コメント欄はみなさんの集いの場ということで解放しておきます。返信は期待しないでください」と続きます。
正直すぎて、ちょっと笑ってしまいました。
こうした告知まわりの細かい発信を妻のブログが担ってきたことを思うと、本人が自分の言葉で書く場所を持ったこと自体に意味がありそうです。
1stアルバム「情緒伝承 其の壱」
そして2026年、大きな節目がありました。
塩入功司さんのファーストアルバムが完成したのです。
オフィシャルサイトには2026年7月10日付で「ファーストアルバム、堂々完成!!」というお知らせが掲載されました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | 情緒伝承 其の壱 |
| 収録曲数 | 12曲 |
| 発売 | 2026年7月19日 |
| 価格 | 3,000円(税込) |
| ジャケット撮影 | 写真家・鈴木敏也 |
お知らせには「コンサートでもお馴染みの珠玉の12曲をパッケージした」とあり、タイトルは「そのままズバリ『情緒伝承 其の壱』」と紹介されています。
「其の壱」という付け方は、続きがあることを前提にした言い方ですよね。
「100年先に向けて」という本人の言葉を思い出すと、この番号の意味がよく分かります。
予約の受付は2026年7月7日から始まりました。
その告知をブログに書いたのも、やはり和泉朱音さんです。
そして完成を記念したコンサートが2会場で開かれました。
| 公演 | 日程 | 会場 |
|---|---|---|
| 大阪公演 | 2026年7月22日(水)13:00 | 東京建物Brillia HALL箕面 小ホール |
| 東京公演 | 2026年7月28日(火)14:00 | 大田区民ホール・アプリコ 小ホール |
椎間板ヘルニアでの休養、フォレスタからの卒業、そしてソロでの再出発。
その先にファーストアルバムがあると考えると、なかなかに感慨深い1枚です。
フォレスタ塩入功司の結婚のまとめ
- 塩入功司の妻は和泉朱音(いずみあかね)
- 結婚の発表リリースはなく、妻本人がブログで「夫 塩入功司」と繰り返し明記している
- 塩入功司の公式サイトが妻のブログを公式ブログ欄に並べて掲載している
- 結婚の時期・馴れ初め・挙式に関する情報は本人・妻ともに非公表
- 妻のブログから、少なくとも2022年時点で夫婦だったことは確認できる
- 妻の和泉朱音は石垣島出身で東京在住、アナウンスの仕事をしている
- 妻はプロフィールで「約10年ぶりに仕事復帰した」と書いている
- 妻は夫の個人コンサートを企画し、チラシ・チケット作成から販売・運営まで担当した
- 活動の窓口「マイレ」は、夫の公式サイト名と妻の名乗りに共通している
- 体調不良で休養した時期、妻がブログで公開できる範囲の情報を発信し続けた
- 子供の有無は明言されておらず、妻のブログに「ママ友以外の」という記述があるのみ
- 年齢・生年月日は非公表で、フォレスタは大半のメンバーが年齢を公表していない
- 洗足学園大学と同大学院を修了し、イタリア声楽コンコルソ金賞・バリトン特賞を受賞している
- 椎間板ヘルニアの治療で活動を休み、2024年6月30日にフォレスタのコンサート活動を終了した
- 現在は「日本情緒伝承歌人」を名乗り、2026年7月に1stアルバム「情緒伝承 其の壱」を発表した

