元Wリーグの選手として活躍した吉田舞衣さん。結婚しているのかどうか、気になっている方は多いのではないでしょうか。
調べてみると、結婚に関する発表は本人からもチームからも出ていませんでした。むしろ検索が増えたきっかけは、まったく別の出来事だったんです。
シーズンベスト5に選ばれた直後の引退。その決断の裏に何があったのかを知ると、きっと吉田舞衣さんの見え方が変わると思います。
・吉田舞衣の結婚について発表があるのかどうか
・結婚説が広がったきっかけと、引退の本当の理由
・引退後に語っていた「新しいキャリア」の中身
吉田舞衣の結婚は発表がなく独身とみられる
「吉田舞衣さんって結婚してるの?」と気になって検索した方、多いと思います。
ここではまず、結婚に関して何が公表されていて、何が出てきていないのかを整理していきますね。
結婚の発表は現時点で確認できていない
結論からお伝えします。
吉田舞衣さんの結婚については、本人からも所属していたチームからも発表が出ていません。
元Wリーグの選手ですから、結婚のようなおめでたい話があれば、チームの公式サイトやSNS、あるいはバスケットボール専門メディアが取り上げるのが自然です。
ところが、そうした発表は見当たりません。
Wikipediaの吉田舞衣さんのページを見ても、家族欄や配偶者欄そのものが存在していない状態です。
プロフィールとして載っているのは、生年月日・出身地・身長・所属歴・受賞歴といった競技に関わる情報だけなんですよね。
つまり、現時点で確認できる公的な情報の範囲では、結婚をうかがわせる材料が一つも出てきていないということになります。
ここ、意外に思われるかもしれません。
というのも、女子バスケットボールの世界では、結婚と同時期に引退を発表する選手が少なくないからです。
だからこそ「引退したということは結婚したのでは?」と結びつけて検索する人が増えるわけですが、吉田舞衣さんの場合はその線とは事情が違いました。
その理由は、このあと詳しくお話ししますね。
分かっていることと分かっていないことの整理
情報を整理すると、こうなります。
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 結婚の発表 | 本人・チームともに確認できず |
| 配偶者の情報 | 一切なし |
| 交際相手の報道 | 確認できず |
| 引退の発表 | 2025年6月20日に公表 |
| 引退後の進路 | 「新しいキャリア」とのみ表現 |
「分かっていない」ことがこれだけ並ぶと不安になりますが、裏を返せば私生活が徹底して守られてきた選手だったということでもあります。
夫や交際相手の噂も表に出ていない
結婚だけでなく、交際相手についても情報が出てきません。
芸能人であれば週刊誌の熱愛報道が出ることもありますが、女子バスケットボールの選手はそもそもそうした取材対象になりにくいという事情があります。
Wリーグは競技としての注目度が高まってきているとはいえ、選手のプライベートを追いかける報道文化がほとんどないんですよね。
実際、吉田舞衣さんについて確認できる記事は、試合の成績・代表選出・引退といった競技関連のものばかりでした。
本人が受けた長編インタビューでも、話題の中心はバスケを始めたきっかけ、学生時代の生活、膝のケガ、引退の決断、そして今後のキャリアです。
恋愛や結婚についての質問は一つも出てきません。
これは取材する側が避けているというより、吉田舞衣さん本人が語る場を競技とキャリアの話に絞ってきた結果とも受け取れます。
……なんというか、すごく一本筋が通っていますよね。
結婚が検索されるようになった引退発表
では、なぜ「吉田舞衣 結婚」というキーワードで検索する人がこれだけいるのでしょうか。
きっかけとして大きいのは、2025年6月の引退発表だとみられます。
2024-25シーズンでシーズンベスト5に選ばれたばかりの現役引退だったため、発表直後は「え、なんで?」という声が一気に広がりました。
キャリアハイに近い成績を残した27歳が、突然コートを去る。
理由が大きく報じられなければ、人はどうしても「何かあったのでは」と考えます。
そして真っ先に浮かぶのが結婚なんですよね。
女子スポーツの世界では、結婚や出産を機に引退する選手が実際に多いですから、この連想はごく自然なものです。
ただ、吉田舞衣さん本人が語った引退の背景を追っていくと、そこにあったのはまったく別の理由でした。
引退を決めた理由は高校時代からの膝
吉田舞衣さんが引退を決めた背景にあったのは、長く付き合ってきた膝の状態です。
本人がインタビューで語ったところによると、高校1年生のときに膝を痛め、そのとき靭帯も切れていたといいます。
それでも手術はせず、プレーを続けたそうです。
高校時代の吉田舞衣さんは、朝5時の電車で通学して帰宅は21時過ぎという生活を送っていました。
その中で、中学時代には関東大会ベスト8、高校では国体3位・東京都1位という結果を残しています。
正直、この話を読んだときは胸が痛くなりました。
10代の身体で、靭帯が切れたまま結果を出し続けていたわけですから。
大学1年をリハビリに費やした経緯
大学に進学して改めてMRI検査を受けたところ、膝の中は「結構ぐちゃぐちゃだった」と本人が表現する状態だったそうです。
そのため拓殖大学での1年目は、まるまる1年間をリハビリに充てることになりました。
手術できれいにはなったものの、問題はここから先です。
Wリーグは大学とは比べものにならないほど強度が高く、膝への負荷も大きくなります。
日本代表のナショナル合宿では、医師から「この膝じゃちょっとな」と指摘を受けたこともあったといいます。
最終シーズンに入る時点で、吉田舞衣さんは「このシーズンが最後になっても悔いが残らないようにやろう」と決めていたそうです。
そしてシーズン終了後の契約更新の場面で、「今の膝の痛みで昨年以上のパフォーマンスを出せる自信が正直なかった」と判断しました。
チーム側はサポートを申し出たそうですが、それは受けたくなかったといいます。
「中途半端な状態でサインしてお金もらってファンに見に来てもらうのは違うな」。
この一言に、吉田舞衣さんという選手の姿勢が詰まっている気がします。
本人は自分の判断について「プライドが高すぎるのかもしれない」と振り返っていますが、読んでいる側からすると、これはプライドというより誠実さですよね。
引退コメントで語った新しいキャリア
2025年6月20日、シャンソン化粧品シャンソンVマジックから吉田舞衣さんの現役引退が発表されました。
そのとき本人が出したコメントが、こちらです。
「4年半、たくさんの方に応援していただき幸せな選手生活を送ることができた」
「優勝という形で恩返しができず、すみません」
「今後も、シャンソンが更に高い場所へ昇ることを願いながら、私も新しいキャリアで輝けるよう頑張っていきます!」
ここで注目したいのが「新しいキャリア」という表現です。
もし結婚や家庭に入ることが理由なら、「新しい生活」といった言葉が出てきてもおかしくありません。
ですが実際に使われたのは、あくまで仕事の文脈で読める言葉でした。
引退コメントの内容からも、結婚を機にコートを去ったという読み方は成り立ちにくいと言えます。
引退の報にファンから相次いだ惜別の声
引退の一報が流れると、バスケファンの間には驚きが広がりました。
「嘘でしょ?」「引退なんて…」といった反応が、メディアの見出しになったほどです。
無理もありません。
最終シーズンの成績を見てみましょう。
| 項目 | 2024-25シーズンの成績 |
|---|---|
| 出場 | Wリーグプレミア28試合すべてに先発 |
| 平均得点 | 11.46得点 |
| 平均リバウンド | 5.07本 |
| 平均アシスト | 2.39本 |
| 個人表彰 | シーズンベスト5に選出 |
28試合すべてに先発出場して、ベスト5にも選ばれている選手が引退するわけですから、驚くなというほうが難しいですよね。
数字の上では、まだまだやれる。
それでも本人の中では、膝と向き合った結論が出ていた。
このギャップこそが、ファンの惜別の声の正体だったのだと思います。
吉田舞衣の結婚を調べる人向けの関連情報
ここからは、吉田舞衣さんの結婚を調べている方が一緒に気にしているポイントをまとめていきますね。
現在の様子から、年齢、家族、経歴まで順番に見ていきましょう。
現在は裏方の道を志して次の仕事へ
引退後の吉田舞衣さんが何をしているのか。
公式に発表されている進路情報はありません。
ただ、本人がインタビューで語っていた希望ははっきりしています。
「バスケットを中心に、でもバスケットにこだわらず様々なスポーツのマーケティングとかマネージメントなどの裏方でも活躍できたら」という言葉です。
意外に感じる方もいるかもしれません。
コート上では得点を量産するスコアラーだったのに、本人は「本当の私の性格は目立つのが上手ではなくて、人前に立つのも得意ではない」と語っているんです。
さらに「試合してる自分は私じゃないんです。別の自分(LIZ というバスケット選手)」とも話しています。
LIZ(リズ)というのは、吉田舞衣さんのコートネームです。
つまり、試合中の自分とふだんの自分を切り分けて捉えていた選手だったということですね。
この自己認識を知ったうえで「裏方にまわって人のサポートをしたい」という言葉を読むと、すごく腑に落ちます。
また、選手としての経験を活かせるのは「この1、2年かな」とも語っていました。
引退のタイミングまで、きちんと逆算していたことがうかがえます。
一般企業に勤めているという情報について
なお、引退後に一般企業へ就職したという内容を書いている個人ブログも存在します。
ただ、こちらは企業名も出典も示されていないため、確定した情報として扱うことはできません。
本人や公式からの発表を待ちたいところです。
年齢は1998年生まれの20代後半
吉田舞衣さんは1998年4月13日生まれです。
2025年6月の引退発表の時点では、27歳と報じられていました。
その後の誕生日を迎え、現在は20代後半にあたります。
女子バスケットボール選手としては、まだ十分に現役を続けられる年齢です。
だからこそ引退が驚きをもって受け止められたわけですが、この年齢で次のキャリアへ踏み出す判断ができたことは、本人にとって前向きな選択だったのかもしれません。
なお、身長についてはWikipediaが175cm、バスケットボール専門メディアが176センチと、資料によって1cmの差があります。
体重は67kg、ポジションはフォワード、背番号は14でした。
兄弟は3歳下の妹でWリーグ選手
吉田舞衣さんには3歳年下の妹がいます。
しかも、この妹さんもバスケットボール選手です。
本人によれば、妹さんは大学まで自分と同じ道を歩んできたとのこと。
そして現在は、Wリーグに新たに参入した三井住友銀行のSMBC TOKYO SOLUAでプレーしています。
Wリーグの公式アカウントでは、姉妹のマッチアップが話題として取り上げられたこともありました。
シャンソンの14番と、三井住友銀行の19番。
コート上で姉妹が向かい合う光景って、ちょっと胸が熱くなりませんか。
ちなみに、ご両親はバスケットボールの経験者ではないそうです。
姉妹そろってトップリーグまで行き着いたのは、本人たちの積み重ねということになりますね。
バスケを始めたのは小学1年生のとき
吉田舞衣さんがバスケットボールと出会ったのは、小学1年生のときでした。
きっかけが、なかなかユニークなんです。
幼馴染の家に遊びに行ったものの退屈していたところ、その友人がミニバスに入っていることを知り、「体育館に来たら?」と誘われたそうです。
そして私服のまま体育館に行き、そこでドリブルをついたのが始まりでした。
当時はピアノも習っていたそうですが、練習日が重なってしまい、バスケットボールを選んだといいます。
……この選択がなかったら、Wリーグの新人王も日本代表もなかったわけですよね。
人生って、こういう小さな分かれ道でできているんだなと思います。
小学6年生のときには、スカウトを受けています。
最初は断ったそうですが、秋の大会のあとに再び声がかかり、八雲学園中学校への進学を決めました。
高校は八雲学園で大学は拓殖大学
吉田舞衣さんの学歴を整理すると、次のようになります。
| 段階 | 学校 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 中学 | 八雲学園中学校 | 関東大会ベスト8 |
| 高校 | 八雲学園高等学校 | 国体3位・東京都1位/膝の靭帯を損傷 |
| 大学 | 拓殖大学 | 1年目はリハビリに専念、のちに主力へ |
大学進学時、実は「拓殖大学は絶対嫌だ」と感じていたそうです。
理由は、上下関係の厳しさでした。
ところが上級生になったとき、吉田舞衣さんは下級生が萎縮してしまうようなルールを廃止するという行動に出ています。
同級生の退部が続いていた状況への対応でもありました。
そして今では「一番戻りたいのは大学時代」と振り返っているんです。
嫌だったはずの場所を、自分の手で変えて、思い出の場所にした。
個人的に、このエピソードがいちばん好きですね。
シャンソン入団の決め手になった恩師と両親
大学卒業のタイミングでは、実はバスケットボールを続けるつもりがなかったといいます。
就職活動では、航空系・化粧品系・ブライダルを考えていたそうです。
複数のチームからオファーが来ても「やらないです」と答えていました。
流れが変わったのは、八雲学園時代の同級生がシャンソンに入団予定だったこと。
その友人と八雲の恩師がシャンソンの練習を見に行く際、「ほぼ強制的に一緒に連れていかれました」と本人は表現しています。
そこで出会った監督の人柄に惹かれ、「やるんだったら教わりたい」と感じたそうです。
さらに「八雲学園時代を全力でサポートしてくれた両親にも恩返ししたいと思いました」という思いもありました。
2021年1月、アーリーエントリーでシャンソン化粧品への加入が決まります。
2月13日の富士通レッドウェーブ戦で先発デビューを果たし、1年目は出場6試合すべてでスターターを務めて平均16.0得点を記録しました。
2021-22シーズンにはWリーグ新人王に選出され、2022年にはFIBA女子ワールドカップの日本代表にも名を連ねています。
一度は辞めるつもりだった競技で、ここまで駆け上がったわけです。
インスタは背番号14にちなんだ名前
吉田舞衣さんのInstagramアカウントは「14___liz」です。
背番号14と、コートネームのLIZ(リズ)を組み合わせた名前になっています。
引退の際には、シャンソンVマジックの公式Instagramでも「吉田 舞衣選手が引退することとなりました。4年間ありがとう」といった投稿が行われ、多くのファンからコメントが寄せられました。
なお、シャンソンVマジックは、チーム名やロゴを無断使用した偽アカウントについて注意を呼びかけています。
選手個人のアカウントについても、なりすましには気をつけたいところですね。
吉田舞衣の結婚のまとめ
- 吉田舞衣の結婚は本人・チームのいずれからも発表されていない
- Wikipediaのプロフィールにも家族欄・配偶者欄が存在しない
- 夫や交際相手に関する報道も確認できない
- 結婚が検索される背景には2025年6月の引退発表があるとみられる
- 引退の理由は結婚ではなく膝の状態だったと本人が語っている
- 高校1年で膝を痛め、靭帯が切れたまま手術せずプレーを続けていた
- 大学入学時の検査で状態が判明し、1年目はリハビリに専念した
- ナショナル合宿では医師から膝について指摘を受けたこともあった
- 契約更新時に昨年以上のパフォーマンスを出せる自信がなかったと判断した
- 引退コメントでは「新しいキャリアで輝けるよう頑張っていきます」と表明
- 2024-25シーズンは28試合全先発・平均11.46得点でベスト5に選ばれた
- 引退後は裏方としてスポーツのマーケティングやマネジメントを志望している
- 1998年4月13日生まれで、引退発表時は27歳と報じられた
- 3歳下の妹もバスケ選手で、SMBC TOKYO SOLUAに所属している
- 八雲学園から拓殖大学を経て、2021年1月にシャンソン化粧品へ加入した

